第360話 九尾

 ――九尾。

 自然と脳内を言葉が過る。

 白い尾を九つ生やした、白い髪のオウカ。その顔には邪視を発動したときに現れていた模様も浮かび上がっている。


 オウカが身体を少しだけ縮めると、すぐに床を砕く音と暴風が巻き起こった。

 俺の視界にわずか映ったのは、オウカがオールゼロに一瞬で迫る姿である。


 小さな拳がオールゼロを穿ち、すり抜けて椅子を破壊した。

 その衝撃か、周辺の床、そしてオールゼロの後ろの壁が崩壊し外の光が差し込む。


「玉座を壊せば我も動く。

 なるほど見事だ」


 オールゼロが宙を舞いそのまま浮かぶ。

 しかしオウカはすぐにそれを捉えて追撃を仕掛ける。


「桜花ッ!」


 オウカの両腕に青い魔力が集まり、形を成す。

 両手に握られた魔剣を、オールゼロを挟み込むように振るった。

 オールゼロの身体がぐにゃりと歪む。


「ほう、魔力によって次元を部分的に飲み込むか」


 そのままオールゼロの姿が消失。

 オウカは空中で身体を翻し、倒れているクラビーの元に着地した。


「クラビーさんッ!」


 オウカがクラビーの身体を抱きしめる。

 オウカは怒りのまま動いたのではなく、クラビーを助けるために動いていたのだ。

 しかも、的確にオールゼロの状態を把握して魔剣を繰り出した。

 あれも……邪視の力だというのか。


「どうして……ごめんなさい」

「なるほど。

 九尾が妖狐族の、邪視の最終形態というわけか」


 その後ろに再び黒いフードが現れる。

 まだオールゼロは生きていた……!


「オウカッ!」


 叫んだ俺は咄嗟に走り出す。

 いや、それでは間に合わない!


「絆喰らい!」


 俺の影が伸びて神速でオールゼロに近づく。

 魔族を捉えた青い瞳が、喰らわんと白い牙を開いた。


「アビリティ――」


 オウカが振り向くと同時に、オールゼロが魔法を口走るが、その姿が俺の影に飲み込まれる。


 しかし、その影が膨れ上がり――破裂した。

 絆喰らいが、俺の影が霧散する。

 その中からオールゼロが。

 その姿を守る様に、赤い影があった。


「我を動かし、呪われた力でねじ伏せたこと。

 そして、神に至る力で喰らおうとしたこと。

 認めよう。やはり君たちが一番勇者に近かった。

 しかし残念だ。君たちは殺される運命にある。

 その前に褒美を与えよう。

 この姿には絶対に攻撃を通すことはできないのだが、特別に形を変えて君たちの怒りを享受できるようにしよう。

 ワンサイドゲームではない、ちゃんとした戦いができるぞ?」


 オールゼロから伸びた赤い影が肥大化し、青い瞳と黒い牙をこちらへと向ける。

 呼応するように、俺の元へ戻った黒い影も肥大化し、青い瞳と白い牙を剥き出しにした。


 そうだ、相手のそれもまるで絆喰らいなのだ。

 

「お前も、まさか」

「人類の友情と絆を喰らい、我がものとして支配するのが君ならば、

 人類の叡智と力を喰らい、我がものとして支配するのが我だ。

 これは我だけが持つ、神に至るアビリティ――脳喰らいである」

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