第359話 悪用

***


 痛みが引いていく。

 ぼやけた視界と、僅かな感覚が自身の情報を得ようとしていた。


 俺は、どうなった……?


「――ないで――!」


 聞きなれた声が聞こえる。


「ツムギ様、すぐ回復させます」


 近くでオウカの声も聞こえた。


「お願い、クラビーさんが守ってくれてる間に」


 必死に、なにかに懇願するような声だ。

 しかし、


「そんな……クラビーさん」


 それがすぐに悲痛なものへと変わる。


「ッ……カハッ、ゲホッ」

「ツムギ様ッ」


 忘れていた呼吸が目を覚まして俺の喉を通過する。

 咳き込む俺にオウカが泣きそうな声を向けてきた。

 呼吸を取り戻したことで血液が脳を巡り、思考が元に戻ってくる。


 そうだ、俺の迂闊な判断でオールゼロに身体を抉られた。

 それをオウカが回復魔法で助けてくれたのだろう。


 いや、相手がそんな猶予を与えてくれるとは思えない。

 あいつは俺を殺すと言い切ったのだ。


「どう、なった」


 かわいた喉から声を出してオウカに問いかける。

 しかしオウカは答えることなくオールゼロの方を見ていた。

 自然と俺の視線も移る。


「……クラビー?」


 椅子に座るオールゼロ。

 その右腕に頭を掴まれて持ち上げられているのは、クラビーだった。


「なん……」

「クラビーさんが、ツムギ様を回復させる時間を、稼いでくださったん、です。

 邪視も、使って……」

「邪視、だと」


 オウカが重々しい口調で答える。

 クラビーが邪視を?

 以前邪視を持ったクラヴィアカツェンに人格を乗っ取られ、それでも心の奥底にいたクラビーなら、邪視を扱うこともできるのかもしれない。


「残念だが、彼女の邪視は不完全だった」


 そう答えたのは、オールゼロだった。


「邪視は選ばれたものには祝福を齎すが、それ以外には呪いとしてしか機能せず、どれだけ使いこなした気になっても身体を蝕んでいくものだ。

 そして、この世界で邪視に選ばれているのは妖狐族のみである」


 つまりこの場ではオウカ以外が邪視を使おうとも、あの時みたいな、記憶の喪失や、もっとひどいことが。


黄昏睡臥トワイナイトは呪いを止める代わりに、対象は眠りへつく能力。

 本来であれば呪を解くために使われるものだが、今回は応用、いや悪用か」


 そう言いながら、オールゼロは掴んでいたクラビーを投げ捨てた。

 転がっていくクラビーは動く気配すらない。


「クラ、ビー」

「眠っているだけだ。

 まあ、いつ目覚めるかも分からぬし、目覚めたところで元の人格が残っているかも怪しいがな」

「―――――」


 立ち上がった――のはオウカだった。

 俯いたまま、呼吸が徐々に大きくなって、


「――殺すッ!」


 オールゼロを見据える顔は怒りに満ちて。

 尾の数が一瞬にして九となった。

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