第358話 黄昏睡臥
「我を殴る、か。
そのために邪視にまで手を出したか」
「クラビーが弱っちいことなんて自覚してますからね。
特別な力でも借りないと戦えないことくらいわかってますよッ!」
クラビーが地を蹴る。ただそれだけでオールゼロとの距離が一気に縮まった。
それは炎壁を出す間もなく、クラビーの手が届く距離。
「ほう」
しかしオールゼロはそれも予想の範囲内だと言わんばかりに、何一つ動きを取らない。
否、正確には既に行動した後。
クラビーの足元が白く輝く。
「罠ッ!?」
クラビーの反応は早いくらいで。力を込めるために踏み入れていた脚でそのまま上空へ跳ぶ。
彼女が離れると同時に白い光は槍となってオールゼロを囲った。
「まだッ」
天井に足をつけ膝を思い切り曲げると、さらに勢いを増してオールゼロの頭上へと突進する。
「避けるんじゃないですよ!」
「するわけなかろう」
しかし魔法は行使される。
オールゼロを覆うように何重もの透明な壁が現れたのだ。
それは普通の目をした物には見えない、この学園を閉じ込めている結界と同じもの。
しかしクラビーやオウカの邪視にははっきりと見える。
「んんッ!」
クラビーが落下の勢いで一枚目を砕く。
しかし二枚目のところで勢いが止まりその拳は阻まれた。
「こんなの、全部壊します!」
透明な壁の上に乗ったクラビーはさらに拳を振るい、一枚、また一枚と砕いていく。
***
魔法が見えていない勇者候補立ちには、クラビーが空中に浮いて、なにかに阻まれながらも徐々にオールゼロに近づいていく光景が目に映っていた。
「光本」
立ち尽くしていた光本を誰かが呼ぶ。
ハッとした彼が後ろをむくと、両木が睨むような視線を向けていた。
「私たち、このままでいいと思ってるの?」
「それ、は」
「あの子の言う通りだよ。
勇者候補って召喚されて、なのに何もしていない」
「っ……」
光本は唇の裏を噛む。
事実、この戦いにおいて光本たちは何一つ動けていない。
魔族の策略に嵌り、手のひらの上で踊っていただけ。実力も足りず、ツムギがこなければ状況を打破することは出来なかった。
そんな自分たちに――
「何が出来るって言うんだ」
「戦うことしかできないよ」
両木が即答する。
その通りだ。その通りだが、それで動けるほど彼らは勇敢ではなかった。
すでにほとんどの生徒は恐怖に飲まれ膝をつき怯えている。
中には泣き出しているものすらいる。
この立ち位置が、この空気が、勇者と持て囃されていた彼らには耐えられない。
力を与えられ、選ばれた存在だと思い込んでのうのうと過ごしてきたのだ。
数年経験を積んでレベルをそこそこあげれば、魔族もきっと倒せると見誤っていたのだ。
「最後ぉおおぉおおお!」
そこにクラビーの叫び声が響く。
見れば、クラビーがオールゼロの眼前におり、拳を叩きつけていた。
「素晴らしかった」
クラビーの一撃は虚に包まれる。
オールゼロに攻撃は通らない。
代わりに、オールゼロの手がクラビーの頭を掴んだ。
「ぐ、ぎっ!」
「よくぞ我に到達したな。
しかしながら攻撃は効かない。
我のステータスは君らの及ばない所にある」
クラビーが暴れながらオールゼロの腕を掴もうとするが、それすらすり抜けてしまう。
「そして君の邪視は些か不完全だ。
慣れぬ力を使えば身を滅ぼすことを知るといい。
まあ、それを理解出来るのは十年後か、二十年後か」
「なに、をッ!」
「邪視は即ち呪いである。
呪いに驕れば代償が伴うものだ。
君には長い眠りを与えよう。
アビリティ――
オールゼロが魔法を行使する。
クラビーの身体から力が抜け、完全に沈黙した。
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