第353話 狂鳴
「ひっ」
誰かの小さな悲鳴が聞こえたことで、光本はやっと反応することが出来た。
すぐに目の前に腕を伸ばし、精霊相手に魔法を放とうとする。
その時やっと、光本は自身の手が震えていることに気付いた。
「くひっ!」
それを見て口元を笑みで歪めるゾ・ルー。
同時に、光本の背後で風が吹き荒れた。
目の前を青色が通過する。
「ドラゴンッ!?」
竜の姿になったエレミアがゾ・ルーを口で掴み、空高く飛び上がった。
エレミアが察した気配は尋常なものではなかった。目の前の存在が何か大きなことをしでかすことだけははっきりとわかった。だからこそ殺す勢いで噛みつき持ち上げ空高く飛んでツムギたちから離れた――のだが。
「ん~あなたたちのようなダンジョンのおまけ、魔力の変換で生まれた副産物。物語を乱して荒らす、そんな塵芥が割って入っていい場面ではないのですよ」
噛み潰す気のエレミアの口に挟まれながらも、ゾ・ルーは笑みを浮かべたまま。
そして、竜の口に触れる。
「アビリティ――
突如として、エレミアの脳内に耳鳴りが反響する。
徐々に大きくなる音はエレミアの脳を圧迫するかのようで、しかし彼女はお構いなしに加えた精霊を噛み千切った。
「くひひ」
上下二つに裂けた精霊の身体が粒子となって消える。
同時に、エレミアの脳内に響いていた音もなくなった。
『逃げられた』
殺した感触のなかったエレミアは内心で舌打ちをしながら地上に向かって急降下する。
「逃げられた、なんて思ったのかい?」
『ッ!?』
首元で、ゾ・ルーの声がした。
地上へ戻ったと思われた精霊は、竜の背中に回っていた。
「奏ぇえええええ!!!」
再びエレミアの脳内に音が響く。
巨大で、地を這うような低い音が。
――ぶちりと、脳内で何かが弾ける。
『ァ……』
エレミアの眼と鼻から赤い血が流れ。
そのまま青い竜は地面へと落下していく。
***
「くそっ」
自分の剣に手ごたえがないかと思えば、やはりゾ・ルーはクラスメイトの方を狙った。
エレミアが反応し、奴を咥えて空に飛んでいったが、
「光本ぉ!」
俺はクラスメイト達の方に向かって叫ぶ。
光本が驚いた様子でこちらを見る。
「戦闘出来ない奴を後ろに退かせろ! そんで防御系持ってる奴らで守備固めとけ!
戦える奴は連携組め!」
「え、あ……」
「本当に足手まといになるぞ!」
何か言おうとして口をパクパクしているだけの光本に再度叫ぶ。
戦闘馴れしていないと、こうした状況に対応できないことは俺も経験してるからわかる。
相手は勇者候補を殺す気はない――はずだが、いまの精霊の動きは何か怪しかった。
もしかすれば、最悪誰かが人質なんてこともあるかもしれない。
「死なない保証なんてないんだ! だから――」
そこに、空からエレミアが降りて来た。
いや、落ちてきた。
地面に衝突し、赤い血をぶちまけて倒れたエレミアがそこにいた。
「ん~汚い音。
さて、再び美しき演奏会を始めましょう」
状況の意味を理解するよりも先に、空中を漂う精霊が嗤う。
「さあ奏でたまえ!
アビリティ――狂鳴!」
クラスメイトが一斉に呻きだした。
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