第352話 なぜ僕は
***
「せ、精霊……」
四人が白いローブの女へと駆けていく。
目まぐるしい状況に光本は動けず、息を呑んだ。
相手が精霊という話は聞いていたが、ツムギの傍にいた黒い格好の女の子も精霊であることまでは知らなかった。
ステータス上は名前しか出ない。最初に思い至ったのは、カイロスが使っていた召喚魔法だ。光本自身はケリュネイア家の人間になってしまったため使わせてもらう機会はなかったが、あの魔法から召喚された生物は皆名前しかステータスが表示されなかった。
しかし精霊というくらいなのだから、次元召喚とは別物なのだろうと彼は考えに至る。
――それよりも、なぜ僕は。
ここに立っているだけなのかと、歯噛みする。
立っているというだけなら、光本以外のクラスメイトもそうだし、後ろについたドラゴンもそうなのだが。
二体の竜は奥にいるオールゼロを警戒してわざと動いていないようだが、そもそも、なぜ魔物の頂点と言われる存在がツムギについているのか。
――彼は一体、何をしてきたというんだ。
光本は自身のこれまでを振り返る。
少しばかり裕福な家庭に生まれ、父母ともに健在、弟もいて立派な兄としてやれてきた。
学校でも成績は上位を維持していたし、スポーツもサッカーを小学生の頃から続けている。
友人もたくさんいるし、人を見た目や言動で差別せず、分け隔てなく接するようにしていた。
たとえ親を殺したと噂されている人物にだって、普通に接してこれたと思う。
そんな努力をしてきたからこそ。
何不自由なく、不満もない人生。
そこに訪れたのが異世界召喚だった。
魔王復活を阻止するためとエルによって召喚された世界で、しかし自身が大きく変わることはないと。力を手にしても、光本はあまり増長しなかった。
自分たちの力はキズナリストであることも理解していたので、クラスをまとめ、全員のレベルをあげることに徹した。
リーダーとして務めを果たしてきたつもりだった。
――それすらも、偽物だったわけだ。
竜が飛野を殴ったあと、原因を本人が全て自白した。
自然と怒りは湧いてこなかった。やろうと思っていたことを飛野が代わりにしていてくれただけである。
気持ちも行動も全て嘘だったが、それでもクラスメイトがまとまっていたのだから問題なかったのだ。
ただ、結局のところ、自身は何もしていなかった。
――僕は何も出来ていなかった。
与えられた環境に甘えて、それでなんでも出来ると思い込んで。
結果がこれだ。
初めてのツムギとの模擬戦では勝てた。しかしその頃から彼は才能を見せていた。
だから二回目には圧倒的な敗北を叩きつけられたわけだ。
目の前で、最弱だぼっちだと馬鹿にされていた仲間が戦い。
一番勇者に近いと持て囃されていた自分は立ち尽くしたまま。
このままで
――いいわけがない!
光本が一歩前へと出る――が、
状況は彼に味方してくれなかった。
ツムギが相手を横に斬る。
完全に剣身が入ったように見えた。
しかし彼の表情は眉を顰めたまま。そして一瞬で状況を悟ったのか、
「ダアト、エレミア!」
後ろの竜に叫んだ。
自分の名が呼ばれなかった、頼られなかった悔しさが一瞬よぎるが、その間にもツムギに斬られたはずの精霊の体が粒子となる。
「ん~とてもいい音がしますね。
嫉妬、傲慢、怠惰、後悔!
あぁ~負の音ぉ!」
光本たちの目の前に、上擦った声のゾ・ルーが湧いて出た。
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