第345話 巨大な掌

 視界が元に戻ると、そこには倒れたクラヴィアの姿があった。

 完全なる沈黙。死んだと見て間違いないだろう。


「はやく行きましょう」


 そう言ったのはオウカだった。


「なんか……」

「え?」

「いや」


 逞しくなった。なんてこの場で言うことでもないだろう。


「まだ戦ってるみたいですね」


 校庭に向かうと、巨大な姿はまだあった。

 いくつも口のある手が地面から生えており、それをドラゴンの姿に戻ったエレミアとダアトが攻撃している。


「クラビー!」

「うぇ!? ツムギさん!?」


 巻き込まれないようにか、離れた場所にクラビーと一部のクラスメイトが固まっていた。クラビー以外が怪我しているのは、一応戦ったということか。


「ツムギさん、記憶が戻ったんですね!」

「世話を掛けたな。状況を教えてくれ」

「え、あはい。ええと、クラヴィアカツェンがばーんって大きくなって、そこに二体の何かがどーんってきて、あと女の子もぼーんって大きくなって」


 わかんねえよ。

 要はクラヴィアカツェンとまともに戦う前にドラゴンたちが間に合ったわけか。

 見えてないのにそこまで把握できたのもすごいな。


「おい、ルースはどこにいった」

「ルース?」

「地面を泳いでるドラゴンいなかったか?」

「竜だったんですかあれ!?

 あれは結構早い段階で地面ごと抉られて握りつぶされてしまいました……」


 ルースはやられたのか。

 確かに、校庭の一部にクレーターに似た穴ができている。

 魔法は効かないが物理は関係ないもんな。

 ということは、俺にももう絶魔がない。


「でも、オウカさんも無事で良かったです!

 あとは他の魔族を追いかけて言ったレイミアさんだけですね!」

「ッ……レイミアのことだが」


 言わないままにするわけにもいかない。

 俺は彼女の最後について話した。


「そんな……」

「は?」


 驚くオウカと別に、疑問符をつけたクラビーが俺の襟元を掴んだ。


「な、何やってるんですかツムギさん。

 ツムギさんが、いて、どうして!」

「……すまない」

「謝って命が戻ってくるなら――」

「クラビーさん!」


 オウカがクラビーの腕を掴んで俺から無理やり引き剥がした。

 クラビーの表情は曇り、力の抜けたようだった。

 いや、違う。

 クラビーは期待してくれていたんだ。

 以前俺がクラビーを助けたように、こんな状況でも誰も犠牲にせずに、なんとかしてくれるかもと。

 俺はそれに応えられなかった。


「ご、ごめんなさい、でも……」

「あの時、ツムギ様を置いていくと決めたのは私たちです。

 それに、私たちは魔族を殺すつもりで戦ってるんです、魔族に殺される覚悟だって、レイミアさんは持っていたはずです」

「でも、あの時クラビーが止めていれば……」


 聞くと、レイミアは他の生徒がバラバラにされるより前に、なにかに気付いて単独で行動したという。


「それはたぶん、ラセンさんの敵ですね」


 オウカの聞いた話では、レイミアについていたメイドのラセンが何者かに殺されたらしい。


「あの時からラセンさん、今の生徒さんたちと同じような雰囲気なって私を追いかけてきました」

「ということはやはり」

「吾が先程話した精霊の仕業ですね」


 この状況を生み出した元凶の精霊。


「二人は何か特別変な音とか聞こえないか?」

「私は特に」

「クラビーは隣のどでかいやつらのせいで耳鳴りが止みません。

 ただでさえ五感が研ぎ澄まされているのに」


 やはりどちらも聞こえないか。


「おい、他に誰か音楽が聞こえてる奴いないのか」


 クラスメイトにも聞くが全員が首を横に振る。

 例の音楽というのは、俺の周囲と言うよりも勇者候補やそれに深く関わりのある人類に影響してないと捉えるべきか。


「レイミアはラセンがおかしくなった原因がその精霊にあると気付いて止めに行ったわけか」


 魔族との戦闘で生徒の乱入はこちらが不利だ。


「リーが聞こえているなら、まずはそいつを止めたほうがいいな」


 と言っても、状況を聞く限り残っているのはその精霊と、オールゼロと、目の前の――


「おんどらクラヴィを無視するんじゃねええええぇええええ!」


 校庭を震わせるような叫び声と共に、巨大な掌クラヴィアカツェンが頭上から迫ってきていた。

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