第341話 眼球

「今の叫び声は……シオンか!」


 シオンもこの学院の生徒で、当然エルの講演を聴きに行っていたはずだ。なら、他の生徒と同様に魔族に何かされていてもおかしくない。


「下の階か!」


 すぐにリーと共に近くの階段をかけ降りる。


「リー、どこから聞こえたから分かるか!?」

「この廊下をまっすぐ行った先ですね」


 一つ下の廊下で確認をとり、リーの言う場所へ向かおうとすると――同時に、殺気が俺の皮膚を撫でた。


「ッ!?」

「あはっ!」


 真横の教室の扉が吹き飛び俺に襲いかかる。

 それをリーが脚で蹴り飛ばすと、その奥から剣先が俺に向かって飛んできた。

 咄嗟に出てしまったのは手で、剣を掴むと、肌を思い切り抉られる。


「蛇腹剣か!」

「お久しぶりですね、お兄さん」


 剣を振るっていたのは黒髪の魔族、ラベイカ。

 その足元には複数の生徒が怪我をして転がっていた。

 別の場所に移動させられたクラスメイトの一部か。どうやらラベイカを倒せなかったらしい。


「やっとりごたえのある人に出会えましたわあ。ここの人達は弱くて弱くて」


 ラベイカは剣先についた俺の血を舐める。


「双子の特性とか対策は教えたはずなんだがな」

「知っていても実践できなければ知恵とは呼べませんのよ?」


 再び蛇腹剣が襲いかかってくる。

 今度はリーがそれを払い除ける。


「ツムギ、ここは吾が」

「いや、すぐ終わらせる」


 俺は地を蹴りラベイカに近づく。


赤い華シャロウフェロウの餌になってくれますの?」

「俺に効かないことくらいわかってるだろっ!」


 剣を振ろうとする彼女の腕を掴んで、へし折った。


「あんっ」


 艶かしい声をあげるラベイカ。同時にもう片腕も折る。


「お兄さんこそ、ワタクシを殺すなら、クラヴィアも見つけないといけないことくらい、わかってるでしょう?」


 双子の特性は自己再生能力。しかも片割れの肉体を食すことが条件。

 ラベイカがクラヴィアと繋がっている以上、数秒もすれば元に戻ってしまう。

 近くに白い方はいない。


「ああ、だから――ッ!」


 ラベイカの顎を掴んで無理矢理口を開かせた。


「はっ――」

「カラクリは分かっている」


 息だけを吐くラベイカの口に――腕を突っ込んだ。


「ガボッ!?」

「ここだろッ!」


 狭い喉に腕を食い込ませる。

 そこで、指先に柔らかい感触が触れるのを感じた。


「これか」

「うっ――がっ!」


 それを掴むと同時に、再生したラベイカの腕が俺の腕を掴んで引っ掻く。


「あなたッ!」

「これで――」


 叫ぶラベイカの前に拳を握った腕を伸ばす。

 俺の手の中になにがあるのかを、彼女はすぐに悟ったように、表情をゆがめる。

 拳を開くと、そこにあるのは――眼球。


「お前とクラヴィアは相手の身体を常に自身に取り込んでいる。

 自分たちで自慢げに語ったことだろ?」


 その眼球を握りつぶした。


「ツムギいいいぃいい!」


 初めてラベイカが感情的な声で蛇腹剣を振るう。

 しかしそれは隙しか生まない。


「リー!」

「精霊魔法――精霊掌モゥティタニア!」


 蛇腹剣の剣先が俺の首に届くすんでのところで姿を消す。

 目の前を半透明の巨大な腕が通過して床を破壊し、そのまま下の階へ落ちていった。


「倒したか?」

「ほぼ確実に蒸発したかと」

「なら早くいくぞ」


 いちいちどうなったかを確認する様子はない。

 余計な邪魔が入ったが今はオウカが最優先だ。


「来ないでえええぇええええ!」


 今度はオウカの叫び声が聞こえた。


「行くぞ!」


 再び廊下を駆けて目的の場所へ。


「オウ……」


 掃除用具の入っている小さな部屋を覗く。


 そこには床に倒れた生徒や冒険者たち。

 そして――血に塗れた、白髪のオウカが立ち尽くしていた。

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