第340話 そして彼女は叫んだ

「あなたは……」

「生きることを諦める。それが愚かな考えであることは以前伝えました」


 青い鳥は淡々とした口調で続ける。


「だからこそあなたは奇跡を望み、そして手にしたはずです」

「……望んだ。手に入れた。だけど!」


 オウカは唇を噛む。


「あの時は、竜が相手で、シオンお姉様の命も危なかった」

「だから戦ったと?

 違うでしょう?」

「違う……?」

「そんな細かな言い訳など必要なく、生きるため、力をもって守るため。

 大切だと言ったのは、目の前の女ですか?」

「そ……」


 言葉に詰まる。

 オウカにとってシオンは大事な人である。

 でも、相手がその次元で話しているわけではないことは理解できた。


「全てを失ってもいいと思えたのは、あの人のためでしょう?」

「……ツムギ様」


 そうなのだ。

 オウカの行動の、選択の根源はすべてツムギがいてこそである。

 一人の小さな妖狐は、すでにツムギという存在がなければ成り立たない立ち位置にあった。


「ならば、考えるべきこと、選ぶべきことは決まっています」

「……ツムギ様のために」

「そうです。あの人のために選び、捧げるのです――奇跡を」

「奇跡……」


 ――そうだ、私の奥底には邪視の力がある。

 ツムギ様の隣に立つために、奇跡と呼んだ力。


 しかし、それは同時に、現状を作り出している呪でもあるのだと。

 彼女は躊躇う。

 この力を使っていいのかと。


 もう一度、すべてを失って。


「失いません」

「……えっ?」


 オウカの心を読み取ったかのように、青い鳥が告げる。


「あなたは一度失い、そして取り戻した。

 それはあの人の選択。

 だからもう失われることはない」


 それはつまり、代償のない、純粋な力であるということになる。


「それなら」


 この状況を打開するには、もう邪視を使うしかないのだと。


 考えた。


 


 僅かにでも思ってしまった。


「それでいいのです」


 瞬間、鳥が弾け、青色が飛び散る。


「――ッ!?」


 同時に、オウカの視界が現実に戻る。

 殺意を持ったシオンの顔がそこにある。


 ――邪視の力で……。


 そう思った時、


 手が動いた――


「え?」


 締め付けられた喉から声が漏れる。

 まだ指示をしていない、意思のないはずの腕が持ち上がり。


 ――シオンの首を掴んだ。


「がッ!?」


 シオンが驚きに目を見開く。

 それはオウカも同じだった。


 ――どうして!?


 そんなつもりはない。

 確かに邪視の力でシオンを無理やりどけようとは考えた。

 しかし、首を絞め返そうとまでは思っていなかったのである。


 にも関わらず、腕がとった行動。それはオウカの意志ではない。


『何を躊躇う必要がありますか?』


 青い鳥の声。

 今の行動がオウカの意志でないのなら、それをさせているのは彼女しかいない。


『彼のためなら、あなたを殺そうとするものは排除しなさい』


 ――違う! 彼女は魔族に操られているだけ!


『関係ありません。自身が殺されそうになっている。

 ならば生きるために、目の前の敵を殺すのです』


 ――シオンお姉様は敵じゃない!


 必死に手を動かそうとする。

 僅かに感覚があるが、それより閉める力が強まっていく。

 その感触が、シオンの首へと食い込んでいく感触が神経を伝う。


 「マス、グ……レイ、ブ、さん!」


 影に潜んでいる竜の名を必死に呼んだ。

 この状況で動けるのは彼しかいないと。


『ここで我輩を呼ぶのは如何なる理由で?

 はやく目の前の女を殺さなければ死ぬぞ?

 貴様にはそれくらいの力はあるだろう?』


 残酷にも、マスグレイブにはオウカの考えが届かない。

 彼には青い鳥の声など聞こえていないのだから当然である。

 むしろ、オウカがシオンを殺すことに躊躇っている様子を楽しんですらいた。


 ――そんな。


 手の力が強まっていくのが分かる。

 必死に抵抗する。

 表情はひどく歪んでいく。


「こっ、の!」


 シオンも自身が殺されそうになっているのを感じて、腕と喉に力が入る。

 互いに首を絞める状態で、オウカのからは涙が溢れていた。


 ――どうして、殺さないといけないんですか!


『あなたが生きるためです。

 あなたが生きていることが、彼のためになるからです』


 ――そんなの、ツムギ様は望まない!


『それ以上に、あなたが死ぬことを彼は望まない。

 彼のために全てを捧げるなら、友の命も惜しみなく奪いなさい』


 シオンの顔色が変色していることに、オウカは焦りを覚える。

 言うこときかない身体、自身がシオンを殺してしまう事実。

 それが徐々に近づいてきている。


「あ、あ、はっ、やっ!」


 必死に抗い、首から手を離そうと力を入れるが、それが逆に彼女をの首を絞めているようにさえ錯覚する。


 そんな過剰なストレスのせいか。

 もしくは、邪視に抗おうとしている結果か。



 オウカの髪と尻尾から黄色が溶け出し、白色へと変わり果てた。








「――はっ」


 それを見たシオンが――笑った。

 苦しさと痛さと、嘲笑に近い表情を交えて口角を吊り上げていた。


 オウカの変化が、彼女には人間と異なるものに見えたのだろうか。


「この――」


 だからなのか。


 シオンの腕の力が弱まり、そして彼女は叫んだ。






















「人殺しぃぃいいいいいいいいいぃぃ――――――――――――――ッッッ!!」

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