第338話 この世界に妖狐族は必要ない
***
「おい誰か索敵系のアビリティ持ってないのか!」
「持ってたら学院なんかこないで冒険者で稼いでるよ!」
「なんでもいいから妖狐族を見つけ出せ!
このクロテイルが必ずや嬲り殺しにしてやる!」
学院内に数ある建物の一つで、そんな声が響いていた。
妖狐族であるオウカを追いかける人間は学院の生徒だけに留まらず、途中から入ってきた冒険者までもが声を荒げて駆け回っている状態である。
――どうしよう……人が多すぎて移動できない
そんな中でオウカは掃除用具を入れる部屋の隅で息を潜めていた。
妖狐族特有の大きな耳で周囲の音は聞き取れる。それが余計にオウカを動けない状態にしていた。
数は既に三十を超えているか。たとえこの建物を抜け出したとしても、外でも人が走り回っている音がする。認識阻害の赤ずきんを被ったとしても、それ自体が妖狐族の象徴となってしまった今では無意味だ。
逃げ場は着実に失われている。
「お前ら邪魔だ!」
「なんだと、お前らこそ!」
「妖狐族を殺すのは俺だ! でないと死ぬぞ!」
「ならいまここで死ね!」
――嘘ッ!?
魔法を放つ音。誰かの悲鳴。
妖狐族を見つけることが目的だったはずの人々が、いつの間にか争い始めていた。
――どうして、こんなことに。
オウカの指先が震える。
自分が嫌われていることは理解した。
――私だけを……なのにどうして、同じ人同士で争うの。
何故、と心の中で問い。
その答えが、意図も容易く浮かんでしまった。
『彼女は邪視を運び、人々を呪いへといざなう悪魔だ。
これは人類、魔族共通の敵である。』
――私の存在自体が、原因。
ここに、この世界にいることがそもそもの間違いであると。
それで納得できてしまうのだ。
私が居なければ、みんながおかしくならなかった。
私が居なければ、レイミアさんやクラビーさんを巻き込まなかった。
私が居なければ、ツムギ様が記憶を無くすこともなかった。
私が居なければ――。
――私は、この世界に必要とされていない。
この世界に妖狐族は必要ない。
状況がそれを暗喩していた。
――戦わないといけない。生きないといけない。ツムギ様のために。
しかし、手は震えたままである。
いまにもダガーを落としそうで、両手で必死に抑える。
決意したはずだった。
主のために戦うと。
この手を汚して、魔族を殺して、生きるのだと。
その考えはあまりにも浅く、甘く、弱かった。
生きるためには無関係な人を傷つけなくてはいけない。
その勇気が、オウカにはまだなかった。
そこに、扉の軋む音が響く。
――誰か入ってきた!?
小さな足音は手前から漁り、道具を蹴り飛ばし、徐々にオウカへと近づいていく。
見つかってしまう。
その恐怖と共に、オウカには小さな絶望が生まれていた。
知っている足音だった。
何度も聞いたことのある足音は、それでだけもう誰なのかわかってしまう。
「……やっと、見つけた」
隅に潜んでいたオウカを見つけ、その人物はニィと口角を吊り上げる。
そして躊躇うことなく、オウカの細い首を掴んで指を食い込ませていく。
「あっぅ!?」
喉を閉ざされ、行き場を失った呼吸が突っ掛かったように呻吟する。
――どうして、よりもよって。
「シオン……おねえ、さま」
「オウカちゃん――死んで!!」
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