第335話 我が名のもとに従え
「や、やったのか……?」
あまり変なフラグを立てないで欲しい。
睨みつけるように後ろを振り向くと、どうやら言葉にしたのは光本のようだ。
藤原と両木は開いた口が塞がらないと言った様子か。
飛野は……まだ殴られている。
顔ばかり殴ってたのかパンパンに腫れて美人の面影などすでになかった。
止めようにも、誰も太刀打ちできなかったのだろう。
「エレミア、もうやめろ」
「でも、このくさいの、パパにひどいことした」
「もういい」
「……はい」
不満気な面持ちながらも、ドラゴンの少女は飛野の胸ぐらから手を離す。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
飛野は蹲り震えながら謝罪の言葉を呟き続ける。
両木が駆け寄り「もう大丈夫だよ」と言いながらその身体を抱きしめていた。
「飛野」
「ッ……」
俺が声を掛けると、飛野は一瞬肩を揺らすが、そのまま黙り込む。
「俺はずっと光本がクラスをまとめていたと思っていたが、実際はお前のアビリティで意識が統一されていたんだな」
「……」
「だけど、それは別にクラスをまとめるためじゃない。
お前が守られながら楽しく生きるために取った手段だ。
俺はそれにまんまと引っ掛かったわけだ」
「……」
「別にお前を好きなるように洗脳されるくらいなら良かったんだよ。
だけどな飛野、お前が俺から奪っていたものは、俺がこの世界にきてから一番大事にしてたものだ」
「いち、ばん……」
飛野が顔を上げて、やっと目が合う。
その瞳は恐怖に堕ちた色だった。
「レイミアが死んだ。俺はその死体を目の前にして何も感じなかった。
元生徒会長が死んだとだけ思った。婚約していたのにな」
「それ、は……」
「なんにも興味のなかったお前にさえ、いまは感情を抱いてるんだ」
しゃがんで飛野との視線を合わせる。
まさかここにきて新しい感情が芽生えるとは思わなかった。
人間っていうのは不思議なものだ。
「心底、軽蔑するよ」
「―――――ッ」
再び立ち上がり踵を返す。
「両木、早く回復薬を使ってやれ」
というか、クラスメイトに回復魔法使えるやつはいなかったっけ。
ほかの連中はどうしたんだ。
「お、おい紡車!」
「あなたくさい。
パパは話す気ない」
「ぐっ……」
藤原を無視して教室を出る。
追ってはこない。俺の隣をついてくるエレミアに勝てないと察しているからだろう。無理に詰め寄れば撃退されるのは目に見えているからな。
***
建物を出て正門近くまで戻る。
そこにあるのは一人の遺体。
いつの間にか隣にその顔が転がっていた。
俺はその前にあぐらをかいて座り、レイミアの身体を膝の上に乗せ、頭を両手で抱える。
「ごめんな、レイミア。
最後まで俺たちの戦いに巻き込んじゃったな。
お前がここで死ぬことなんてなかったんだ。
俺が馬鹿してないで、もっと、ちゃんと、お前たちを守れたら……」
戻らないマイナス。
俺が一生抱える罪。
レイミアを寝かせ、火魔法を発動した。
「紡車くん」
「……光本か。
魔族の……オールゼロの目的は何だ?」
後ろから声を掛けられても、振り向かずに問いかける。
「何、とは……」
「アンセロの行動、奴が魔族で最弱だとしてもお前たちなんてすぐに殺されてもいいはずだった。
なのに全員が無事。お前たちは弄ばれていたんだよ」
「そんっ……いや、君がいうなら事実、なのかもしれない」
「だから、こんな状況になる前に、魔族と遭遇した時、何か言われなかったのか?」
「……妖狐族を差し出せと」
――気付いた時には、俺は光本の首を掴んで持ち上げていた。
「オウカをどうしたッッ!!」
「は、離してくれ!」
もがく光本から手を離すと、彼は膝をついて咳込む。
「悪い。ともかく状況だ」
「あ、ああ」
***
話を聞いていて悟った。
例の宮殿でクラヴィアカツェンに刺されたとき、俺を助けてくれたのは間違いなくオウカたちだ。
起こさずに立ち去ったのは、俺が記憶をなくしていたせいか。
「オウカは生徒……あとは入ってきた冒険者もか。そいつらから逃げているのか。
クラスの連中とクラビーは分断されて、それぞれの魔族と戦闘中か……」
「ああ、だから早くみんなと合流したい」
「それは光本と飛野に任せる。どうせみんな飛野の魔法に……ってお前もか」
「それは……事実なのかい?
僕には君が一方的にヒヨリを殴ったようにしか思えないんだが」
「ならやり返せばいい?」
「それは……」
エレミアが睨みをきかせてたら無理だろう。
「どうせクラスの連中は一人も死んでないだろう」
問題はオウカとクラビーか。
オウカは俊敏性は高いし逃げることは容易だろう。
しかし結界の張られたこの範囲では狭すぎる。ステータスも純粋なままだ。逃げ切れる保証はない。
クラビーも戦闘はポンコツだった記憶しかないし、勇者候補でもないから殺されるかもしれない。
聖女にはなっていたがそれでどうにかなるとは思えない。
それからエル王女の行方も結局分からないままだ。
「全部後手後手だな」
頭上を見上げる。
煙が空まで上らず、なにか壁らしきものに当たって横へと広がっていく。
――結界。
奥歯から軋む音がする。
「二手に分かれるぞ」
「6人で?」
「だからクラスの連中は任せると言った。
オウカとクラビーは俺で探す」
「二人でどうにかなるとは思えない!」
「黙ってろ。数はある」
絆喰らい――
地面が揺れる。
「ルース」
「謌代′荳サ縺ョ蜻ス縺ョ縺セ縺セ」
地中から竜が跳ねる。
「リー」
「やっとお呼ばれしましたか」
光りを帯びた粒子が集い、黒の精霊へと形を成す。
「そして、ダアト」
『KRRRRRRRRRRRRRRRRR!!』
空間が砕け、一つ目の白竜が姿を現した。
「最後に、エレミア」
「はい、パパ」
これが、俺の今持てる全ての力。
「全員、我が名のもとに従え。
魔族を、滅ぼすぞ」
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