第333話 見せかけ

「えっ……?」


 何が起こったのか理解できなかったのか、飛野がきょとんとした顔をでエレミアを見る。

 そして、徐々に痛みがでたのであろう頬に触れた。

 同時に、エレミアがもう一発殴る。

 殴る。殴る。殴る。


「お、おいッ!?」

「誰だお前!」


 遅れて光本と藤原がエレミアを止めようとするが。


「煩い」


 掴まれた腕をエレミアが振り払うと、二人とも大きな動物に体当たりでもされたかのように吹き飛んだ。

 両木は震えて動けないでいる。


「や、ごふっ、やめてっ……! ぶっ!?」


 飛野が必死に抵抗するがそれも虚しく、少女の拳が身体のあちこちにめり込んでいった。


「……まあ、いいか」


 好きにやらせておこう。


 俺も教室に入り直してアンセロの方へ向かう。

 しかし、その道を結が立ち上がって塞いだ。正確には無理やり立ち上がらされたんだろうが。


「おに、いちちゃん……痛いよ、なにこれ」

「そうだな、悪い夢を見ているんだ。覚めれば終わる」

「妹に対しても冷たいんですねぇ! ツムギお兄ちゃんは?」


 アンセロが楽しそうな表情を浮かべる。


「いいんですかあ? この召喚は異世界に繋がっています。

 つまりここに召喚されているその少女も、本物ですよ?」

「それで他の奴らの身内も召喚して、攻撃を躊躇わせたのか?

 にしては、いまいるのは蜘蛛だけだが?」

「いえいえ、彼らのご家族もいますよ。あなたが仰ったとおりに」


 パチンと、アンセロが指を鳴らす。

 途端、結の身体が大きく膨れた。


「おっうぇ? おにい……あぶぶぶぶぶ!?」


 皮膚が割け変色し、その姿が変わっていく。

 そしてセロピギーのものになった。


「ああ想像してた通りだな。ダンジョンの地下でも同じことしただろ?」

「ご存知でしたかあ? 変換魔法の実験に、冒険者を数名ほどお借りしましたあ」

「下衆だな」

「それを冷静に眺められるツムギお兄ちゃんほどではありませんよお」


『オニイ――ッ!!』


 目の前のセロピギーが糸を吐いてきたので避ける。

 セロピギーは吐いた糸を伝ってアンセロの近くに戻っていく。


「無残にも魔物にされてしまったご家族を、あなたたちは殺せますか?」


 アンセロがくるくると回る。


「ああ、殺せるぞ」


 その動きがピタリと止まった。


「……ほう?」

「お前の精神魔法もそうだったが、穴が大きすぎる。

 すぐに欠点がわかるんだよ」

「私が勇者召喚の魔法陣を研究して作り出したこの召喚魔法に穴があると!」

「そうだよ。俺たちはその勇者召喚でこの世界にいるんだぞ?

 違いぐらいすぐわかる」


 まあ、光本たちはそれがわからずに攻撃できないでいてみたいだが。


「俺たちしか知り得ない情報を吐き出した。

 それで少し迷ったが、結の姿を見ればその召喚が何かはすぐわかる。

 俺の妹はもうすぐ16歳のはずでな、そんな小さくないんだよ。

 それに、都合よく俺たちの身内を召喚できるということは、何かしら俺たちと関連付けている。

 そこから導き出されるのは、お前の精神魔法と複合させて、俺たちの記憶から読み取った情報を召喚魔法に結び付けた。

 しかし本物みたく完全な召喚はお前単独では不可能。勇者召喚ですら十数人の魔法師を要していたからな。

 そこで呼び出されたのが精神のみだ。それを記憶の情報から肉体と結び付けて、あたかも異世界から召喚したように見せかけた」

「―――――ご明察ッッ!

 よくぞこのわずかな時間と状況判断でそこまで導きだせたものですね!!

 ですが分かっていますか?

 精神が肉体と分離して召喚された以上、彼らを殺したら精神がどうなるか」

「……ああそうだな。

 なら、元の場所に戻すまでだ」


 俺は自身の足元を指差す。

 アンセロの視界が下に映り、そして目を見開いた。


「俺の影が伸びてるだろ? さてどこに伸びたんだろうな」

「何をっ!?」


 アンセロが影の伸びたほうへ振り向く。

 それは奴らの真後ろだ。

 そこにいるのは、青の眼を揺らし、白い牙を覗かせた絆喰らい。


「アビリティ――絆喰らい-虚飾ヘレル-」


 影が全ての蜘蛛を飲み込んだ。

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