第328話 お兄ちゃん

 黒い髪を二つ結びにして白のシュシュをつけた少女。

 その黒い瞳が、俺を見つめ続ける。


「お兄ちゃん――紡希つむぎお兄ちゃんだよね!?」


 そう呼ばれて、自身の身体がピクリと震えた。

 同時に思考は状況の判断を急いだ。


 アンセロが行った魔法は異世界召喚なのか?

 ならどうして結が召喚される?

 違和感だ。何かがおかしい。


「どこに行ってたの?

 お兄ちゃんのクラス全員が消えちゃって。

 みんな心配してるんだよ!」


 偽物、という判断をしようと思ったが、想定外の発言が出てきた。

 クラスメイトが全員消えた。ということは、異世界と元の世界は並行して同じ時間を進んでいる……のか?


「お願いだよ紡希お兄ちゃん……戻ってきてよ。

 私、まだ……」

「おやあ? こちらのお嬢さんはツムギお兄ちゃんの妹さんですかあ?」


 アンセロがわざとらしい声をあげながら言葉を挟んでくる。


「感動の再会みたいな雰囲気ですが、残念ながら二人は敵同士。争わなければなりません」


 アンセロが結の手に自身の手を被せると、どこからともなく銀色の剣が生成された。


「え、な、なにこれ……?

 なんなのこれお兄ちゃん!?」

「さあ、行きなさい!」


 結が俺に向かってくる。

 動きが様になっているのは、彼女がアンセロに操作されているからだろう。


「お兄ちゃん!」

「ちぃ!」


 反撃はできる。

 が、目の前の結を攻撃することに。


「できるわけッ!」


 振られた剣を自身の剣で受け止める。勢いの反動か、結が後ろに後退する。


「何が起きてるの!?

 どこなのここ、なんで私がお兄ちゃんを攻撃しなきゃいけないの!?」

「誰か援護を!」

「無理だ、囲まれている!」


 他の奴らはセロピギーに囲まれて動けないでいた。


「そんなヤツらすぐ倒せるだろ!」

「ダメなんだ、これは――、紡車、前!」

「お兄ちゃん!」


 後ろに気を回した一瞬のうちに、結が距離を詰めていた。

 慌てて剣を前に出すが、相手の剣先が俺の手首を抉った。

 右手首と剣が宙を舞う。


「いやあああ!」


 結が叫ぶ。

 しかしその動きは止まらず、さらなる追い打ちを仕掛けてきた。


「お兄ちゃん逃げてぇッ!」

「出来たら苦労しないッ!」


 魔法で対抗――するにしても、結への影響がわからない。

 一瞬躊躇った俺の腹部に、銀色の剣先が突き刺さった。


「っ……!!」

「紡希お兄ちゃん―――――ッ!」


 剣が抜かれ血が床へと零れていく中、刀身が俺の胴体に叩きつけられて身体が教室の中で吹き飛ぶ。

 出入口の扉に衝突し、そのまま廊下を転がった。


「してやられた」


 アンセロが性格の悪い魔法を使ってくることは知っていた。

 が、まさか別世界の人間を召喚するとまで思わなかった。

 どうする? どう戦えば――






 俺は何を考えているんだ?

 どう戦えばなんて、まるで結を守るみたいな。


 俺はいままで、こんな戦い方をしていただろうか?


 無くなった右手首と腹部から、血と共に何かが流れていくような気がした。

 空虚。空っぽの感触。心の中に見失った――何かを塞ぐ鎖に絡まれたような。

 ふつふつと、別の違和感が湧き上がってくる。


『ふむ、記憶を失ってつまらぬ男になったな!』

『彼女が言っていた通りだ。私の記憶もないのだね』

『ツムギさん……覚えて、ない?』



『オウカです! あなたの奴隷の!』


「お、う……」




「やっとみつけた」


 聞きなれない女の声。

 顔を上げると、灰色の外套を身にまとった人物が立っていた。


「匂いが違う。そんなだと、弱い、負ける。

 パパは本物じゃない」

「だ――」


 誰だと、言葉が浮かぶ前に。

 異界の眼を発動する前に。

 相手が口を開く。


「アビリティ――」


 視線が交わる。

 フードから覗かせた顔は幼い少女だった。

 しかし水晶のように透き通った水色の瞳には縦長の瞳孔が収められていて。

 それは見覚えのある――ドラゴンのもの。










「――碧鏡の我エルゴニド

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る