第327話 モンスターの召喚

***


「ん〜、もっと、もっと奏でを!」


 校舎屋上。

 誰もいないはずの場所に、その女は立っていた。

 そこからは学院の全体を見渡すことが出来る。

 校舎外を走るものは少ない。なぜなら、彼らが目的としている妖狐族は校舎内を駆け巡っているからだ。


「もっと醜く狂おしく、人の憎悪に満ちた音は素晴らしい。

 奏でたまえ、共鳴したまえ。楽器は鳴ってこそ美しい」


 女は両腕で抱えたレイミアの頭を優しく撫でながら呟く。


「あなたは最後まで自分の音を奏で続けましたね。とても素晴らしい」


 その頭を天にでも昇らせるかのように高く持ち上げ、


「ですが、その音は悪足掻きという聞くに耐えないものでした」


 両手を離す。

 レイミアの頭部が地面に向かって落ちていった。


「もっと、人類の音を。

 どこにもない、心の中の奏でを!」


 女はまるで指揮者のように、腕を振り続けていた。


***


「くそっ、もう移動したあとか」


 最上階の生徒会室にたどり着いたものの、そこには人の姿はなかった。

 壁には先頭の跡が散りばめられ、床には血の塊を叩きつけたような痕跡も残っている。


 確認してみれば、まだ乾ききっていない。あの元生徒会長がやられてからそんなに時間が経っていないということだろう。

 なら、敵はどこにいった?


 再び廊下に出ると。


「ツムギくん!?」


 名前を呼ばれて振り向くと、息を荒らげたヒヨリがいた。


「ヒヨリ!? 無事だったか」

「ぶ、無事じゃない、みんなを助けて!」


 ヒヨリは肩で息をしながら俺の前に来ると、袖を引っ張ってどこかへと連れていこうとする。


「まて、落ち着け。深呼吸してから状況を説明してくれ?」

「そんな時間ないよ! 自分の目で見てよ!」


 相当焦っているらしい。というか様子から察するに何かから逃げてきたのか?

 となると、生徒達が喚きながら追いかけてるのはクラスメイトなのだろうか。


「光本くん!」

「ヒヨリ!? なんで戻ってきた!

 逃げろって言ったじゃないか!」


 一つの教室に入ると、合同向けの大きな教室の中に光本と藤原と両木。

 そしてアンセロと、魔物が三体。


 三体とも王都ダンジョンで戦った蜘蛛型モンスターのセロピギーである。


「いいから早く逃げ――紡車君ッ!?」

「紡車だと!?」

「紡車……」


 驚く三人と。


「おやあぁ、お久しぶりですねえ」


 口角を吊り上げる魔族。


「一体何を手こずっているんだ?」


 俺はすかさずアイテムボックスから短剣を取り出して蜘蛛に襲い掛かろうとする。

 セロピギーなら闘い方を教えたはずだ。それに今回は1体1体のレベルが低い。少しばかり面倒ではあるが、倒せない相手ではない。


 だが――


「殺すな!」

「殺さないで!」


 光本とヒヨリの二人が叫んだ。

 意味が分からず動きが止まってしまう。


「ああ殺しちゃだめですよお?

 みなさんの大事な人なんですからあ」


 アンセロは目元の布を軽く持ち上げると、赤茶色の瞳で俺のことを見た。


「ちゃんと、あなたにもご招待いたしましょう!」


 アンセロの目の前に魔法陣が一つ浮かび上がる。

 俺はその模様に似たものを見たことがあった。


「次元召喚魔法の模様に近い……モンスターの召喚か!」

「さて、でますかねえ!」


 魔法陣が眩い光を放つ。

 一瞬視界が奪われ、再び取り戻したその場所に――少女が一人立っていた。


「なっ……」


 俺はその少女をよく知っている。

 12歳の、セーラー服を着た少女。

 少女の瞳が俺を捉えると、大きく見開かれる。


「お兄、ちゃん……?」

「ゆ、ゆい……!?」


 紡車つむが ゆい

 元の世界にいるはずの、唯一の肉親。

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