紡車紡希(――)

第325話 正門前

「な……!」


 貴族区域を抜けた俺は、目の当たりにした光景に言葉を失った。

 一般市民で賑わうはずの商店街が阿吽絶叫に満たされていたからだ。


「モンスター!? しかもなんて数だ」


 ゴブリンやクイーンスライムみたいな見慣れたモンスターだけでなく、ケルベロスのような狼や、羽の八つ生えた天使にも悪魔にも見える白い浮遊型魔物なんかもいる。

 どのモンスターも高レベル。一般人では対抗しようがない上に、冒険者でもBクラスは求められるだろう。

 王都の近くにあるのは大きなダンジョン一つ。そこだってつい最近踏破したばかりだ。そこからモンスターが溢れてくるわけないし、なにより数がおかしい。


「魔族の仕業か……!」


 当然の答えを口にしながら、俺は町の中を掛ける。

 一般市民はほとんどいないみたいだ。防具をつけた冒険者がパーティーで退治に取り掛かっている。


「お、おいそこの紫の!」


 大声が俺自身を読んでいるものだと気付いて止まる。

 振り返ると、鉄の鎧を身にまとった騎士団の人が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「お前、勇者候補の人間だろ……?」

「ああ、他の候補者はどうした?」

「たぶん学院だ。冒険者が何パーティーか向かっている。

 あそこも危険なことになっているかもしれない。

 それより、団長を知らないか」

「だん、ちょう……」


 言葉に詰まる。団員はそれを知っていると判断したのか、目を見開いて俺の肩を揺さぶった。


「知っているなら教えてくれ! バルバット団長も、魔法師団のカイロス団長だって見当たらないんだ。

 いつからか分からないが、キズナリストからも名前が消えている。

 教えてくれ、なにが起きている!?」

「……魔族が攻め込んできている。

 たぶん目的は勇者候補のはずだ。だから魔族は学院で、魔物は騎士団と魔法師団を街の方にかかりきりにするためだろう。

 団長たちは……それを事前に察知して行動した。今は魔族の一人と戦っているはず」


 ここで、騎士団長が魔族だったと言っても何も生みはしない。


「無事なんだな!?」

「そんな保障あるわけないだろ」

「っ……!

 勇者候補は、何もしてくれないのか?

 お前たちが魔王の復活を阻止するために召喚されたのだろ?

 魔族くらい簡単に倒せないのか!?」


 焦った様子で声を荒げる団員を見て、逆に自分が冷静になっていくのを感じた。


「例え倒せるとしても街までは手に負えない。

 団長たちも連絡の余裕はなかった。

 騎士団と魔法師団ができることは、国民を守ることだろ。

 それとも、団長がいないとまとまらない程度の奴らしかいないのか?」

「……そんなわけないだろ!

 団長の不在くらいで我々は崩れはしない!」

「なら街のことは頼んだぞ」


 純粋な人で良かった。

 発破をかけたところで再び学院に向かう、が。


「……なんだ、これ」


 正門前で、足を止める。

 異様な空気が学院内に籠っていた。

 というか、あまりにも静かすぎる。

 何も起こっていないかのように、学院内から物音ひとつしない。


 にも関わらず、冒険者らしき数名が正門前で死んでいた。


 まるでそこに壁でもあったかのように、正門の手前で手を伸ばして倒れている。その背中には魔法の攻撃を受けたであろう跡が見られる。

 察するに、結界みたいなものがあるのだろう。一度入ったら抜け出せない結界。

 外部から支援して結界の破壊を試みるか?

 いや、どんなものかも分からない状態で探っても時間の無駄か。


「入るしかないか……」


 意を決して正門を越えた瞬間――


「殺せえええええええええええええ!!!!」


 生徒の叫び声が鼓膜を突き抜けた。

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