第321話 雑音ごと消えろ

「ヶ......」

「報いろ」


 女が息を吸う間にレイミアの魔法が放たれていた。

 水魔法をさらに改良して氷魔法へと転換した上級魔法である。


「クフフ!」


 だが、女の前で氷が砕け散る。

 笑いは止まない。

 レイミアは一瞬表情を歪めるが、攻撃が通らないことくらいは想定の範囲内であった。


 ――正面からではダメだな。


 透かさず俊敏性を活かして敵の脇に回り込む。

 水の矢を死角から数発放った。同時に自身は天井へと飛び上がり相手の意識を逸らす。


「おぅ!?」


 矢は見事に女の腰あたりに刺さり、水に混じって血が吹き出す。

 笑いが止む。


 ――攻撃が効く。それがわかれば十分。


 戦える、とレイミアはさらに氷魔法を放つ。

 数にして二十を連続発動。

 光本でもまだ至らない領域をレイミアが難なくやってみせる。それはこの世界で貴族の奴隷として生き、成り上がるために努力してきたからこその賜物。


「その雑音ごと消えろ」


 槍と化した氷が全方位から女を襲う。

 逃げ場はない。

 しかし、


「――魔法」


 女が何かを口にした途端、その周囲にレイミアが放ったのと同じ氷魔法が発動した。

 互いの氷が衝突し砕ける。


「なんだとっ!?」


 レイミアが驚きに目を見開く。


 氷魔法への変化は上級水魔法を操れるものの中でも極わずかだ。しかもその域に至るまでに三十年以上はかかると言われている。レイミアが突出して才能を開花させているのだ。


 ――相手がそこまでの才能を持っているとは思いたくないな。


 魔法の練度に加え正確な位置までも模倣して相殺された。

 並大抵の魔法師では不可能。


「驚きましたね? すごいでしょ?」


 女がねっとりとした口調で告げる。


「これね、オールゼロ様を犯してね。

 何度も何度も犯してね。骨の髄まで舐め回してね。

 何年何十年何百年と愛でて愛でて愛でて愛でて愛でてね。

 それでも足りないからまた犯し始めてね。

 全部受け入れてくれるから本気になっちゃってね。

 全部全部全部全部吸い取っちゃいそうなくらいたぁくさん注いでもらったのさあ」


 まるで玩具を自慢する子供のように、しかし理解できない内容を言われて、レイミア思考が遮られる。


 ――そもそも魔族である以上、こちらの予想など無意味か。


 考えることをやめたレイミアは目の前の敵に集中する。


「ならば武術で」


 剣を構える。


「嫌だよ」


 女がそう答えた途端、レイミアの脳内を劈くような高音が響き渡った。


「うっ」


 思わず呻く。


「ああ、素晴らしき音楽!

 どこまでも、どこまでも響く!」


 音は次第に大きくなり、レイミアの脳を圧迫する。

 まるで万力に頭を挟まれて徐々に押しつぶされるような。


「奏で! 奏で! 奏でぇぇえええ!」

「ぐううううう!」


 耳元でマグマでも流れているかのように、自身の血流の音が響き、脳は痛みでいまにも割れてしまいそうな中、

 レイミアは力を振り絞って女に詰め寄った。


 ――この一撃だけ、振れれば!


 その身体を二つに斬り割ければと。

 ラセンの仇をとれればと。


 音が大きく。


 大きく。


 大きく。


「あああああああああぁぁぁ!」


 それでも振り下ろされた剣は――


 レイミアの眼前で、二つに折れた。

 突如現れた白い影が何かわからず。


 ぷつりと――

 そして、熟れたトマトを踏み潰したような音がした。

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