第320話 鬼の形相
***
「妖狐族が逃げ切ることは不可能。
そして冒険者を呼んでくれたことには感謝するよ」
「なに?」
オールゼロの言葉にレイミアは眉を顰める。
「来るもの拒まず、去るもの逃さず。今張られている結界の特徴だ。
一度侵入すれば脱出不可能。そして入ってきたもの全ては妖狐族を殺そうと躍起になる」
「そんなこと……」
あるわけない、と言おうとしてレイミアは言葉に詰まった。
人が突如として妖狐族を敵対視する様を彼女は目の当たりにしている。
「聞こえないか? この音楽が」
「おんが……く?」
僅かに、否、言われてからははっきりと聴こえる。
楽器もわからない不思議な音色が、空気を緩やかにするような心地の良い感覚を与えてくる。
「――まさか」
はたと気づいたレイミアは考えるよりも先に走り出していた。
「ちょ、レイミアさん!?」
「クラビーくん、この場は任せた」
「うぇええ!?」
できるだけ一緒に戦うようにと注意されていたクラビーは、まさかレイミアから独断行動をすると思わずに驚嘆する。
自分が最初に独断行動でクラヴィアカツェンを殴ったことは既に忘れていた。
「勇者候補諸君! 諸君の力を信じる。だから魔族を倒してくれ!」
そう叫んでレイミアも会場を出ていった。
「そういうわけだ、みんな覚悟を決めてくれ」
「ああもう、コウキがそう言うならしょうがねえな!」
「……みんなでやるしかない」
「う、うん! 頑張ろう!」
光本に続いて、藤原、両木、飛野が声を上げたことで、クラス全体の士気が高まった。
クラスからは「やるぞ!」と意気込んだ声が次々と聞こえてくる。
「さあ、オールゼロ。決戦といこうか!」
「ほぅ、決戦。少しばかり急かしすぎだな。
君たちにはまず、我の造った魔族たちと戦ってもらうのが王道というものだろう?」
言われて、光本たちは四方を囲まれていたことに気付く。
先程までいなかったはずの魔族たちが立っていた。
――いや、一人だけ、紡車くんから聞かされていない魔族がいないか。
となれば、レイミアが追ったのはこの場にいない魔族だろう。
「大丈夫だ皆、僕達全員でかかればきっと――」
「全員? 何を甘えたことを言っている?」
光本の言葉をオールゼロが遮る。
「すでに君たちの仲間は一人いないだろう?
それに、全員で仲良く戦えると思わないことだ。
いつだって人は孤独なのだから。
そうだろう、アンセロ?」
「承知致しましたあ」
「さあ、各々の舞台で戦おうではないか。
既に交渉決裂故、死も覚悟するといい」
アンセロが杖を掲げる。
「空間魔法!」
「くう――!?」
驚くよりも先に、光本たちの視界が歪んで闇に染まった。
***
「ん〜、続々と新たな楽器が集まってきていますね」
生徒会長室。
新任がまだ決まっておらず、何も置かれていないその部屋の窓際で、白いローブの女が外を眺めていた。
そこからはちょうど校門が見え、現在様々な武装をした冒険者たちが入ってきているのを確認出来る。
「さあ、もっと奏でていきましょう」
「やはりここか」
女が口角を上げる後ろで、鞘から剣が抜かれる音がした。
女が振り返ると、そこにはレイミアが剣を構えて立っている。
「おやおや、これはアンセロの……曾孫だったかな〜?」
「もう一つ下の玄孫だな。
貴様はここで何をしている」
「何って、音楽を奏でているんだよ。聞こえるでしょ?」
確かに音楽は聞こえている。
しかし、目の前の女が楽器を弾いている様子はなく、その正体が魔法であるとレイミアは悟った。
「この音楽は人類を正しき感情へと誘うのです。
そう、いまのように、敵である妖狐族を排除するといあるべき感情へと」
「貴様は……ラセンというメイドを知っているか?」
「ラセン? はて聞いたこともない名です。
しかし、メイドと言えば随分前にこの街で一人踊っていただきましたね。
しかしあれは演出の弱い
ケラケラと笑う女に対し、レイミアは一度「そうか」と俯いた。
再び上げられた顔は――
「貴様がラセンを殺したのか」
鬼の形相であった。
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