第318話 あたしたちのために

 想定外の発言に、誰もが口を開けないでいたが、オールゼロは続けた。

 

「理解できないか?

 そこにいる娘、妖狐族の女の命を差し出せば、君たちの命を保証する。

 ただし、歯向かってきたものは除くがな」


 ――目的が分からない。


 オウカは思考する。

 オールゼロの本来の目的は魔王復活。

 であるなら、魔王復活のために必要なものを揃えるはずであると。

 それはツムギにも言われていたことだ。


 ――なら、ここで私を殺す理由。

 素直に考えれば、私の死が。

 妖狐族の死が、魔王復活に関係している……?


 そんなことがありえるのかと、疑問が浮かぶ。

 その回答として最適なのは、


 ――邪視。


 自分の中にいる青い鳥。

 もう一人の自分が、何かを握っている。


「オウカくん」


 声が届いてオウカの意識が視界に戻る。

 レイミアがオールゼロを警戒しながら話しかけてきていた。


「逃げるんだ」

「でも」

「状況が想定と違いすぎて私も理解しきれていない。

 だが、単純な事実だけを整理すれば、これから狙われるのは君だ」

「なら、私は戦います」


 オウカはアイテムボックスからダガーを取り出す。

 ツムギと初めて森に入った時、スライムを倒すために貰った、今では愛用の武器である。


「ほう、戦うか。その心意気は見事だ」


 だが、とオールゼロは続ける。


「君が相手にするのは我らではない。そこの彼らであることは理解できているか?」


 殺気。

 それはオールゼロからではなく、会場の生徒たちからのものだった。

 オウカが思い出したのは、ツムギを探しに学院に入ったときのこと。あの時は拒絶の目を向けられた。

 しかし今回は殺気が入り混じっている。


「オウカちゃん」

「……シオン、お姉様」


 生徒の群れから出てきたのは、ずっと親しくしてきたシオンだった。

 一か月前の出来事以降は、怖くて避けていたオウカである。

 しかしシオンのことは大切な知り合いであり、できることならずっと仲良くいしていきたいと考えていた。


 だから、


「お願いよ、オウカちゃん。

 あたしたちのために――死んで!」

「!!」


 その言葉は、オウカの心臓を抉るかのようだった。

 その一瞬の隙。

 生徒たちから数多の魔法がオウカに向けて放たれた。


「オウカくん!」

「ッ!?」


 反応が遅れた。

 向かってくる火球や水球をすべて避けることは不可能。


『――仕方ないな』


 直撃――の寸前で、それらが黒に飲み込まれた。

 突如として表れたそれはオウカの影から伸びたものである。


『主よ、逃げなければ生きることも強さも得られぬのでは?』


 オウカの脳内に響いたのは、影の竜であるマスグレイヴものだった。


「――ごめんなさい!」


 オウカはすぐに駆けだす。

 大きく跳びあがり、集会場の天井近くにある窓を割って逃げ出した。


「逃げたぞ! 追え!」


 誰かがそう叫んだとき、出入口にはすでに魔族はおらず扉が開かれていた。

 生徒たちがそのことを気にすることもなく、会場を出て走り出す。


 残ったのは、オールゼロとクラヴィアカツェン。

 勇者候補。

 レイミアとクラビーだけである。


「君たちがどうするのかな?」


 オールゼロが勇者候補に問う。


「僕たちは……」


 光本が、拳を強く握りしめた。


「僕たちは、魔族を――オールゼロ、お前を倒す!」

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