第314話 闇が語る

「うぇえ!? どうしてエル王女を殺すんですか!?

 クラビーまだ生王女見てないのに!」


 何言ってるんだこいつは。と口には出さずとも僅かながら表情に出たのはレイミアだった。というか、見えないだろうと。


「クラビーくん、ここまでの話、というか昨日の出来事は覚えているかい」

「お二人がクラビーを迎えに来て、そこでツムギ様の逢引を目撃したから後をつけたら、案の定ツムギ様が刺されてたってことですよね?

 自業自得ですよ? まさか魔族のクラヴィアカツェンとなんて! ざまあないです」

「どうしたらそんな曲解ができるんだい?」

「もー冗談ですよお。

 エル王女に化けたクラヴィアカツェンがツムギさんを暗殺しようとしたところを、運良く後をつけていたクラビーたちが救ったと!

 お礼にツムギさんからなにか貰わないとですね!」


 昨晩、遅くまで儀式を行っていたクラビーを迎えに教会へ訪れた二人だったが、そこで偶然にもツムギを発見した。オウカの妖狐族としての耳と夜目のおかげである。

 ツムギに話しかけていたのはエル王女。しかしクラビーは王女はいなかったとい言ったことから追跡を開始。

 ツムギが首を刺されて死ぬ寸前だった所を救ったのである。


「昨晩、私たちはエル王女に化けたクラヴィアカツェンを逃した。

 ならば、これから登壇するのは十中八九、偽物のエル王女だろう」

「そうなんですか?」

「儀式に無断欠席し、彼女を探しに来たであろうツムギくんを騙したんだ。そしてあの隠れ家の死体は王城の従者たち。

 エル王女の身に何かあったのは間違いない。

 それが問題になっていないということは、まだ表沙汰になっていないからだ。となれば、秘密裏に行動していたはずのツムギくんを襲った魔族が犯人だろう。

クラヴィアカツェンが逃げたのも、今日があったからだろう」

「でも、王女に化けて何の得があるんですかね?」

「この学院ではエル王女は絶対的な立場だ。その彼女の発言であれば皆が言うことを聞く。

 おそらく魔族側は――この学院で何か仕掛ける気だ」


 会話中、急にその場が静かになった。

 何事かとクラビーが向くと、全員が壇上を見つめている。

 そこへ靴を規則正しいテンポで鳴らし、舞台袖から現れたのはエル王女だった。


「さ――」

「まて聖女。まだだ。

 確証が欲しい」

「確実に、一撃で、ですよクラビーさん」


 飛び出そうとしたクラビーの前に手を伸ばしたレイミアとオウカが小声で言う。


 万が一、目の前の王女が本物であった場合。反逆罪に問われかねない。

 一挙手一投足に注視しながら、相手を見極める。


 エル王女は壇上の前に立つと、周囲を見渡し、重苦しい表情で息を吐いた。


「みなさん」


 静まり返った会場に、王女の透き通るような声が響く。


「――ごめんなさい」


 頭を下げる。

 目元には、涙。

 何事かと、生徒たちが騒めいた。



 ――やはり。

 レイミアは見逃さなかった。

 思いつめたように俯いた瞬間の口元。

 その口角が僅かに上がったのを。


「魔族だ――」

「行っちゃだめですっ」


 レイミアが動こうとしたが、オウカに止められる。

 何故だと、彼女を見た。


 そこには赤い目を見開き、隠していた尻尾が飛び出して総毛立つ妖狐族の少女がいた。


「もう一人、います」

「!?」


 オウカの言葉と同時に、エル王女の後ろから黒い煙が現れた。

 それは一瞬にして人の形を成していく。

 いや、あれは本当に人なのか。


 黒いローブ。

 深々と被られたフードによって顔は闇。

 擦り切れて不揃いになった裾より下に足はない。


 歪で不気味な。


「初めまして、人類諸君」


 闇が語る。

 低くて野太い、少し年老いたような男性の声。


「我は魔族の創造主、オールゼロ」


 ――あれが、ツムギくんの言っていた。


 レイミアの脳内に警鐘が鳴る。

 それは他の生徒も同じだったようで、喧騒となりかけた声が一瞬にして止む、


 聞こえてくるのは、ローブの中の男の声だけ。


「君たちを、殺しに来た」

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