第313話 遠――――

 クラヴィアカツェン、といえば以前戦ったことのある邪視教の一人、だった気がする。どうして戦ったのか、その経緯は思い出せない。

 いや、魔族であるラベイカとクラヴィアの仲間だったから、魔族か。

 でも、ステータスは猫人族だったような。

 オールゼロは魔族を作り出している。とすれば、他の種族も作れるのではないか。

 奴は創造主か何かか。もしくはこの世界の神か。

 そうであるなら、これまで一度も姿を見せなかったことにも納得がいく。


 しかし、ならば。

 いつか言っていた「あの方」は誰なんだ。

 オールゼロの上に、まだ誰かいるのか。


 ぼんやりとした記憶。

 巡らせていると、脳に衝撃が走る。

 ああ、いま、俺は倒れたんだ。


 ぼんやりとした意識の中で思い出せるのは、そうだな。ナイフで首を刺されて。

 ――死ぬ、のか?









 意


識が、








    遠――――





























「――で」


 声が聞こえる。

 心地のいい。懐かしいような。

 安心する。そんな声だ。


「死なないでください、ツムギ様!」


 いつだったか、守りたいと。

 心配させまいと、この声に安心を与えたいと。

 そう願ったような――


「違う。

 ツムギ様は、私が死なせない!

 ――回復魔法!」


***


「……ッ!?」


 妙な肌寒さに身体が震える。

 瞼を開くと、薄暗い場所にいた。


 ――いや、ここは例の宮殿だ。


 慌てて起き上がる。

 どうやら俺は気絶していたらしい。

 手元にはふわりとした感触。

 これは、ベッドか。どうしてベッドで眠っている?


 敵は、クラヴィアカツェンはどうした。

 俺はあいつに不意を突かれて首を――?


 手で触れた首元には傷跡らしき感触がない。

 どういうことだ?

 もしや幻覚魔法か何かを掛けられたのか?


 だとしたら、殺されていないのは何故だ。


 俺を殺す前に、何者かの邪魔が入った。

 俺は助けられて、このベッドに運ばれたというわけか。


「ともかく、今何時だ」


 過去を探るより、現在を知りたい。


 俺は感覚の鈍った身体を無理やり起こして駆け出す。

 転移魔法を使い小屋に戻り外へ飛び出したところで、眩い光が視界を覆う。


「ッ!? どんだけ寝てたんだよ!」


 高く昇った陽を見て思わず愚痴が漏れる。

 本物のエル王女の行方は分からないままだ。

 俺は膝を折り思い切り翔んで、屋根の上を駆けていく。


***


「本当に放ってきてよかったんですか、オウカさん?」


 学院の集会場。

 これからエル王女の演説があるからと、全生徒が集まっていた。

 その隅で、白い服を身に纏った聖女が、隣の小さな赤ずきんに問いかける。


「クラビーも一緒に寝たかったなあ」

「儀式中に寝てたんじゃないんですか?」

「そそそんなわけないじゃないですかやだなーオウカサンハ」


 オウカはクラビーと会話をしつつも、集会場に集まった生徒達を警戒していた。


「記憶のないツムギ様と協力関係が結べるとは思えません。

 ならあそこに置いていくのが一番です」

「オウカくんらしくない、しかし最適解だな」


 さらに隣にいたレイミアも周囲を警戒していた。


「えっと、レイミアさんでしたっけ?

 ツムギさんの未来の嫁かなんだか知りませんけど」

「女としての立場は今必要ないだろう?」

「ぐぬぬこいつぅ」


 クラビーがぐぎぎと歯を鳴らすも、警戒を続ける二人はそれを放置した。


「魔族らしき人はいませんね」

「生徒には紛れていないというわけか」

「なら、出てきたエル王女を」

「――殺すしかないだろうね」


 意思を固める二人に挟まれて、クラビーだけがきょとんとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る