第312話 響く
たとえ無駄なことだとはわかっていても、この目でエル王女を確認しなければ意味がない。
俺は一人で教会前へと戻ってきた。
すでに町は夜に包まれ、教会前に辿りついても人の気配がほとんどない。
一応、入り口の手前に小屋のような建物があり、火が灯されている。
誰かいるだろうと思い近づこうと足を踏み出した時だった。
「あの――ツムギ様」
後ろから声を掛けられ、同時に裾を掴まれる。
振り返ると、鼠色のフードを深く被った人物がいた。
「よかった、ここで会えて」
覗かせた顔は、金色の髪に茶色の瞳の少女。
「エルお……!?」
「静かにお願いします」
言われてすぐさま口を噤む。
状況からしてお忍びだ。俺が大声を上げて誰かに聞かれていたらまずい。特に魔族にだ。
「ご無事で何よりです。今までどちらへ?」
「教会で儀式を……。ですが、終わったと思えば誰もおらず」
「コウキが言った通り、カイロスと探していましたが捕まらず。
クラビーとかいう奴の儀式はそんなに大変だったんですか?」
「クラビー……」
エル王女が一瞬訝しげな表情を浮かべる。
あれ、聖女の儀式ってクラビーだけじゃないのか。
「そうですね。彼女は少しばかり元気なので」
「でしょうね……」
微妙に間があったか、単純に相手の名前まで把握してなかったのかもしれない。
「とりあえず、王城に戻りましょう。あそこならクラスメイトの連中もいる。」
「いえ、王城はダメです」
裾を掴んでいた彼女の手に力が込められる。
「伝えたいこともあります。
重大なことです、いまあなたの周りに従者やバルバットがいないことも……」
コウキは明日でいいと言ったが、この緊急事態を放っておくわけにもいかない。
すでに相手が動いている状態で情報共有を遅らせることは危険だ。
「状況が芳しくないことは分かっております。
この時に行くべき場所があります」
「……あの宮殿みたいな場所ですか」
「ご存知でしたか」
「…………わかりました。そちらへ向かいましょう」
あそこにはメイドの死体もある。
見せるべきではないと思ったが、カイロスの件も含めると、口で説明するより早いと判断した。
***
再び貴族区域から例の場所に来た俺たちは、アイテムボックスから取り出したカンテラを片手に歩みを進める。
そして、例の死体の場所までたどり着いた。
「見せるべきではないと思いましたが、いま俺たちが置かれている現状がこれです」
「……」
やはり王女には刺激が強すぎたか、言葉も聞こえてこない。
「落ち着いて聞いてく――」
ださい。
と、そうエル王女に振り向いたとき。
首元に圧力が掛かった。
エル王女が笑っていた。
目を見開き、喜びに満ち溢れたような、王女らしからぬ狂気じみた笑みだった。
「――ぁ?」
俺の首元に添えられたのは、エル王女の手か?
違う。
首を片側を越えて、もう片側から何かが突き出した感触。
「ナイ、フ――」
視界が二重になりぼやけては所在を失う。
笑い声が聞こえてきた。
「二度目ですよぉ? 気づかないものなんですねえ?」
エル王女らしからぬ口調が、透き通るような声から響く。
どこか聞き覚えのあるものだった。
「前にも言いましたよね?
理由もなしに女の子が集まってくると思います?
ぼっちやめようとして勘違いしちゃいましたぁ?」
喉を吊り上げた笑い声が響く。響く。響く。
「クラヴィを怒らせた罰、まだ受けてもらってなかったですからね!」
クラヴィア……カツェン……――
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