第310話 失敗魔法

 カイロスが赤黒いオーラに包まれる。


「空間魔法――4815162342ヴィジャヴァラス

「む?」


 オーラがバルバットにも移る。

 着地した俺には何の変化もない。

 バルバットが剣で振り払おうとするが、纏わりついたそれが離れる様子はなかった。


「この纏わりつく魔力……いつぞやの実験の時に見たことがあるな」

「そうだな、騎士団長殿には何回か実験に立ち会ってもらったことがあったか」

「しかし完全までは程遠いようだな!」


 バルバットが一瞬でカイロスとの距離を詰め切りつける。

 しかし、振られた剣はカイロスの身体をすり抜けた。

 バルバットが目を細め、カイロスは動揺した様子なく、自身の手を見つめた。


「そうだな、この魔法は不完全だ。

 だから完了するまで互いに干渉できず、もうこの世界にも干渉できない」

「不完全が、完了……?」


 二人の身体が透け始めた。

 なんだこれは? カイロスが発動した魔法はどういうものだ?


「新たな魔法の開発には、成功も失敗もある。

 魔法の規模が大きければ大きいほど、失敗した時の反動も凄まじい。

 この魔法は次元召喚の開発途中に生まれた、いわば失敗魔法だ」


 二人を囲うようにして、赤い魔法陣がいくつも浮かび上がる。

 あれは次元召喚の時にでてくるのとよく似ている。

 しかし数が多すぎる。一つ一つが別の次元なら変な干渉を起こしかね――


「カイロス、お前犠牲になる気か!?」

「馬鹿を言うな、少しばかり戦場を変えるだけだ。

 僕は必ずこの魔族を倒して戻ってくる」

「なるほど、面白いことを言う。その興に乗じてやろう」


 真剣な表情のカイロスに対し、バルバットは変わらず口角を吊り上げている。

 無茶だ。ステータスには圧倒的な差があるし、こんな大規模な魔法を使った後では魔力も足りなくなるはず。

 近接戦に持ち込まれれば一瞬でやられる。

 無謀な選択だ。


「貴様は黙って王城に戻り、現状を皆に伝えてくれ」

「……言ったからには、ちゃんと帰って来いよ?」

「無論だ」


 カイロスは俺のことを見なかった。

 それが本当の答えだ。


 赤い魔法陣から稲妻が奔り、それが互いに干渉して大きくなる。


「どこに飛ばされるかも分からない。

 人の生きられる次元であることを願うよ」

「魔族はたとえ無の境地でも生きられるがな」


 ガハハと、笑い声が室内に響き渡り――。


 そして二人の姿は完全に消えた。

 

「……畜生!」


 俺はただ助けられただけだ。何もできなかった。

 その歯がゆさに地面を蹴りつけてしまう。


「とにかく、戻ってクラスの奴らに伝えよう」


 魔族が王都にいる。

 そしてすでに動き始めている。


 勇者候補として召喚された俺たちのやるべきことが来たのだ。

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