第309話 幽泳

「勝てる気がしねぇな」


 思わず口から弱気な言葉が漏れてしまう。


「貴様がそんなことでどうする」

「空間魔法で脱出とかできないのか?」

「出口まで距離がありすぎる……が、ある程度ならいけるかもな。

 まあ、いまの状況で貴様を送り出すには腕一本捧げても足りるかどうか」


 自身であればともかく、他人を移動させるのは余計に魔力や集中力を使うか。


「このままじゃジリ貧だ。なにか一気に形勢を逆転できるものがあれば」

「形勢は逆転できないだろうが……手段は一つだけある。

 時間を稼げるか?」

「無茶振りだが仕方がない。生きるか死ぬかの瀬戸際といこうじゃねえか」


 カイロスが重苦しそうに呟いた提案を飲み込む。


「話は終わったか?」


 同時にバルバットが武器を構える。あの余裕が腹立たしい。


「やってやるよ!」


 攻めを躊躇う足を無理やり動かして距離を詰める。


「正面から堂々! 潔し!」


 バルバットがニヤリと笑って剣を振り上げた。


「土魔法!」


 伸ばした手の先から土塊が数発発射される。

 相手はそれを見切っていたのか、瞬きする間もなく剣でたたき落とす。

 俺は咄嗟に土魔法を追加で発動して土埃で目くらましを狙った。


「甘い!」


 しかしバルバットの振るう剣は砂すら吹き飛ばす。

 俺の視界に迫る剣の影が見えた。


「ぬんっ!」


 力強い声と、剣が鈍い音が響いた。

 バルバットの表情から僅かな疑問が浮かび上がった。


「俺にまで避けられると思っていなかったか?」


 短剣を握った俺はバルバットの後ろを取っていた。

 首目掛けて振るう――が、


「見えている」


 刃が大剣と衝突し、あちらの勢いが上手なせいで俺の身体が吹き飛んだ。


「次は確実に突くぞ」


 迫りくるバルバット。

 背後は壁。

 逃げる場所は――


「あるんだな」


 バルバットの剣を突き出し俺の喉に食い込もうとする瞬間。

 同時に俺の背中が室内の壁と接触し、


 俺は壁の中に飲まれた。

 

 バルバットの剣先が壁を突いて抉る。


「壁の、中!?」

「アビリティ――幽泳ファリム


 俺が使ったのはルースの持っていた地中を自由に移動できるアビリティ。

 壁に潜り、地面へと移動した俺は、バルバットの真下から飛び出す。


「潔くなんかねえよ?」


 俺は剣士でも何でもないからな。正々堂々なんてものは関係ない。

 勝てるように、生きられるように動くだけだ。


「うらぁあああ!」


 短剣に全力の魔力を帯びさせる。

 ぎらついたプレートアーマーを壊して少しでもダメージを与えられれば――


「ふん!」


 しかし、バルバットの大きな声と共に、まるで重力が大きくなったかのような感覚が全身を襲う。

 腕が重くなり、短剣の軌道がずれ、アーマーを僅かに掠った。


 ここで、さらにプレッシャーが上がっただと!?

 重苦しい感覚に身体が追い付かなかった。


「惜しいな!」


 そんな声と共に、バルバットの蹴りが俺の顎に入った。

 一瞬息が出来なくなり、身体が宙を舞う。


「さらばだ、勇者候補よ」


 バルバットが俺を見ながら剣を構える。

 これは避けられない。


「いや、よくやった。勇者候補ツムギ」


 覚悟を飲み込もうとした時、カイロスの声が室内に反響した。

 どうやら、時間稼ぎできていたようだ。

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