第308話 一秒

「これは驚いた。やはり勇者候補として召喚された人類は違うな」


 ちっとも驚いた様子などないバルバットが仰々しく言う。

 どちらかといえば驚いているのはカイロスの方だ。


「貴様、いまのは」

「少しは頭が冷えたか?」

「ああ、いや、しかしここに来てしまった以上、既に相手の手中だ。

 どちらにしてもバルバットは僕たちを逃がさないだろう」


 バルバットはこちらの動きを待つように立ったままだが、そこに隙があるとは思えない。

 奴は俺たち二人を嬲るだけの実力があると自覚している。

 それをカイロスが保証してしまっている以上、もはや迂闊に動けないか。


「貴様だけでも、なんとか逃げろ」

「は?」


 何を言い出すんだこいつは。


「どう見ても一対一で勝てる相手じゃねえぞ。ステータス教えてやろうか?」

「どちらもやられるよりかはいいだろう。

 僕が止めるから、貴様はこの事態を他の勇者候補たちにも伝えてエル王女を探してくれ」

「死ぬ気か?」

「無論、その気はないさッ!」


 カイロスが杖を取り出して、火魔法を放った。


「いけっ!」

「ったく!」


 こっちの意見なんて聞く気がないらしい。

 しかし、本人が死ぬ気がないと言うのだからここは任せよう。

 俺も元の道へと向かって駆け出す。


「ガハハ! 逃がすわけ――」

 目の前にバルバットがいた。

「なかろう?」

「ちぃ!」


 早いなんてレベルじゃない。瞬間移動の域だ。

 相手の大剣が斬りかかってくる。


「ミッドガルド――」


 援護に魔法を唱えようとしたカイロスの声が聞こえた途端――視界からバルバットが消える。


「遅いな」


 声は後ろから。

 俺は囮でカイロスが狙いだったのか!


「ふんっ!」


 振り返って敵を視界に入れた時、既に大剣が振るわれがした。


 あくまでも切ったのは風。

 カイロスの姿はない。


「空間魔法――1719-1438ミッドガルドパルサー!」


 その声は頭上から響いた。

 いつの間にかカイロスが上にいたのだ。

 そうか、空間魔法で移動したんだ!


 放たれたのは数百の炎蛇。

 それがバルバット目掛けて降りかかる。


「――ふっ」


 僅かに聞こえた、鼻で笑う音。

 次の瞬間、空気がどっしりと重くなった。

 これは――ただのプレッシャーだというのか!?


 空気に鉛でも混じったかのような重苦しさ。

 それを放つバルバットだけが、涼しそうな顔で剣を振るう。

 一秒、の間に斬撃がいくつ見えただろうか。

 俺の目ですら追えない速さで瞬く剣先。


 一瞬にして炎が煙となる。


「化け物、め!」


 カイロスが空間魔法を使って俺の隣に戻ってきた。


「ふむ、神童とまで呼ばれたカイロスに褒められるのは、なかなかに心地いいな」


 その魔族おとこは獣のような鋭い目で俺たちを見る。

 その眼差しに、俺は恐怖すら抱きはじめていた。

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