第307話 絶魔

 これが最悪の事態。

 騎士団団長バルバット・レートロードの裏切り。彼が敵であった場合だ。


「どういうことか、説明してもらえるんだろうな?

 裏切りのバルバット!」

「騒ぐなカイロスよ。ツムギ殿なら見えるだろう、我輩が魔族だということは。二人で来てくれるとはなんという僥倖」


 アビリティである「異界の眼」によって見えているのは、確かに魔族という種族。


「だが、お前が魔族なら他の奴が気付いていたはずだ」

「魔族はステータスの隠蔽が可能。

 それはクラヴィアカツェンの一件で承知だと思っていたが?」


 分かってはいる。ただの確認に過ぎない。

 気付いていたのは、本当のステータスが見えるという「六眼エーデルアイズ」を持っている両木だけだ。


「さあ、二人で我輩と相見えようではないか」

「その前に問う。

 エル王女はどうした」

「彼女は必要なのでな、丁重に預からせていただいてるよ」

「戯けたことを!」

「心配することない。殺すことはないさ」


 ガハハと笑い声をあげるバルバット。よく聞いたその声もいまは不気味に思えてくる。


「ならばこうしよう。我輩を倒せたら場所を教える、ということでどうだ」

「望むところだ」


 バルバットがアイテムボックスを開くと、黄金色の香器。


「まずいぞカイロス、ここであいつと戦うのはよくない気がする」

「王女の命が掛かっているんだ、危険は承知している」


 俺は小声で伝えるが、どうやらカイロスは戦う気らしい。


 相手はわざわざここで待っていた。

 そしてエル王女はいない。


 バルバットが床においた器から、白い煙が立ち上る。

 煙は線香に似た香りを僅かに漂わせながら空間を包み込んだ。


「今からこの空間だけ時の流れが変わる。

 思う存分戦うことができるぞ?」


 思う存分――。


「やはり、罠だ。

 エル王女と、そして俺たちがここに来ることも含めてあいつの企てだ。

 これは時間稼ぎに過ぎない!」


 エル王女が何の情報も残さず消えたことが分かれば、カイロスは必ずこの場所にくることを知っていた。騎士団団長なのだから当然だ。

 いや、それが分かったとしても、エル王女が攫われた時点でこうなるしかなかったのか。


「それでも、裏切り者を倒さねばならない!」

「カイロス! 頭に血が上りすぎだ!」


 これ以上相手の手のひらで踊るわけにいかない。

 あのお香の目的は時間稼ぎだ。俺を除いたとしても、カイロスをここに留める必要性があるということだ。


「団長クラスが二人もいない状態になれば、騎士団の動きは必ず鈍る……王城、いや王都で何かする気か!?」

「だとしたら?」


 バルバットが嗤う。

 ならば、無理矢理にでも壊す。


 俺は右腕を掲げた。


「ほう? ツムギ殿もやる気が出たかな?」

「ほざけ、今の俺には選択権がある。それを行使するまでだ」

「選択権?」

「このアビリティは、自身が認めた魔法効果は受入れ、それ以外は拒絶する」


 アビリティ――絶魔


 腕を振るう。

 まるで風が巻き起ったかのように煙が乱れて霧散した。


「俺が認めない魔法は全て無効だ」

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