第296話 死んだ魚のような目

「ヒヨリと……? そんなことなかったと思うけど」


 思い返せば、恥の多い高校生でした。じゃねえよ。

 ぼっち故に他人と関わることのなかった俺だ。目の前の美少女と目が合っていたら喜び咽び泣き忘れないよう日記にでも記していただろう。

 でもそんな記憶はない。


「わたしね、結構美少女でしょ?」

「うん」

「だからいろんな人が集まってくるし、いろんな人にチヤホヤされて、それはもう自分が中心でみんながいるような学生生活だったの」


 ヒヨリくらい美少女でしっかりものなら、友達になりたいと思うやつがほとんどだろう。


「わたしね、高校に入学してすぐの頃、先輩に言い寄られたの。

 その先輩は学校でも一二を争う権力をもった生徒で、逆らう人なんて誰もいなかった。もちろん教師もだよ?」


 そんなフィクションみたいな生徒が実在したんですか。うちの学校そんなやばいところだったのか。


「でもその先輩って女癖が悪くてね。いろんな人に手を出しては泣かせるような人だって噂もあったの。中学生だった頃から流れてたから、本当に酷かったんだろうね。

 で、そんな人に俺の女になれって。逆らったらどうなるかわかるなって。逆らわなければいい思いさせてやるって。

 いかにも悪者の言葉だよね」


 力に溺れた人みたいなセリフで、どこかで痛い目にあってほしいと願うばかりである。


「今までいろんな人に告白はされてきたけど、あの時だけはわたしも先輩の玩具にされちゃうのかなって。自分が中心だったのに、誰かの中心で回されちゃうのかなって。

 それが嫌だった」

「結局はそうならなかったんだろ?」

「うん、水面下で光本くんとか、わたしと親しくしてくれてた人たちが動いてくれていてね。

 最後は先輩の表沙汰にできないこと掴んで脅したみたいだよ」


 他人事のように……。まあでも、周りを動かせるだけの力と魅力が彼女にあったからこそだろう。


「でもね、わたしが言い寄られている所へ最初に来たのは――ツムギくん、君だよ」

「……俺が?」

「やっぱり覚えてないよね」

「いや、でもヒヨリに危険が迫ってたら、さすがに助けるとは思うが」

「助けないよ。今はそうでも、あの時は違うもん。

 ツムギくん、先生に頼まれて教材を運んでた。

 それで、わたしと先輩のいる廊下を通った、それだけ」

「……その時に、目が合ったのか?」

「中学の頃から同じ学校のはずなのに、それが初めての出会いみたいに。

 だけど」


***


「飛野ちゃん、わかるぅ?

 俺の女になればいいことしかないわけ。

 断る理由なんかないのよ」

「あの、でも、先輩のことよく知らないですし……」


 学校の廊下でわたしを呼び止めたのは、悪い噂で有名な先輩だった。

 一方的にぺちゃくちゃと話してきて、気付けば壁際に寄られて自分の女になれと迫ってきた。


 正直、こういうタイプはうんざりだ。


 自分を偉いと勘違いして驕る男。そういう人は何人か迫ってきたけど全部蹴った。

 我が強すぎるから。

 わたしみたいにもう少しお淑やかにできないものだろうか。


 わたしも輪の中心にいるタイプだ。

 みんなが笑顔で近づいてきて、チヤホヤしてくれて、それであっちに利があるというなら、わたしも黙ってニコニコするだけだ。


 だから、そういう中心にいる人間同士が関わり合うものじゃない。

 どちらかがどちらかを飲み込まないと終わらないから。


 そろそろキレた方がいいかな。タイミングさえ合えば相手は怯む。それで一旦おしまい。あとは光本くんでも使って裏で締め殺せばいい。


 そう考えた時だった。


「あの、通るのに邪魔なんですが」


 別の生徒の声がした。

 声の方へ向くと、死んだ魚のような目をした男子生徒が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る