第289話 花千華

「え? 奴隷?」


 突然何を言い出すかと思ったら、いやほんとに何を言い出してるんだこの子。

 と、そういえばお昼の奴隷を名乗る女の子が訪れてきていたことを思い出した。


「いや、だから俺は奴隷なんて」

「婚約も、したんだね」


 王城前であった奴のことだ。


「それも知らない」

「そうだよね、ツムギくんは知らないよね。

 だって――」


 ヒヨリに胸元を押され、俺はベッドの上に倒される。その上に彼女が重なった。


「だって、ツムギくんの記憶は全部閉じ込めちゃったもん」


 ヒヨリが嗤った。


「ねぇツムギくん、本当に強くなったんだね。

 魔法も全然効かなかったし」

「ああ、あれは絶魔っていうアビリティだよ。

 地下で戦ったドラゴンが持ってたんだ」

「それを使えるんだ。

 でも――発動してる魔法には意味無いみたいだね」


 ヒヨリは俺の手を握り、愛おしそうに甲を撫でる。


「クラスメイト同士だとステータスは見えない。

 だからみんなアビリティを申告制にしたの。戦う上ではどうせ見せることになるからって。

 わたしのアビリティ花千華アイモネア。みんなには、仲間の精神を安定させるアビリティって言ってるけど、そんなのまったくの嘘。

 花千華はね――人を支配できるんだよ」

「……そうか」


 わざわざそれを俺に教えてくれるということは、俺のことを信頼してくれているのだろうか。

 そう考えると、嬉しさで顔の温度が上がってきそうだ。


「条件は簡単。相手の血を取り込むこと。

 だから、キズナリストを結んだみんながわたしのアビリティの対象になる」

「そうか、じゃあ俺も、最初の時に結んだから対象になってるんだな」

「そうだよ、嫌?」

「そんなことないさ」


 俺にはもうヒヨリしか見えていない。


「ツムギくんはね、特別だよ。

 ねえ、ステータス見せて?」

「ああ、もちろん」


 俺はステータスを開き、ヒヨリに見せる。



◆ツムギ ♂

 種族 :人間

 ジョブ:魔法師

 レベル:60

 HP :111850/111850

 MP :890/890

 攻撃力:56300

 防御力:167760

 敏捷性:167710

 運命力:60


 アビリティ:異言語力・異界の眼・絆喰らい・精霊言語・精霊魔法・竜刻世界・絶魔・幽泳

 スキル:上級火魔法・上級水魔法・上級風魔法・上級土魔法


‐:ソ・リー

  ダアト

  ルース・グランディディエ・ドラゴン



「あはは! やっぱり! やっぱりツムギくんが本物だよ!」


 ヒヨリが嬉しそうな声を上げて俺に抱きついてきた。女の子の柔らかな感触と優しい匂いが俺の神経を刺激する。


「すごい、こんなのチートだよお。

 光本くんじゃちょっとステータスが強いだけだったけど。

 ツムギくんはこの絆喰らいって魔法で、ドラゴンのステータスも飲み込めちゃうんだね!

 やっぱそうでなくちゃ。勇者って言うのはこれくらいないとね!」


 ヒヨリが足をパタパタと動かすので、こちらまでなんだか嬉しくなってくる。

 いままでどうして隠してきていたのだろう。

 彼女に見せてこれだけ喜ばれるのなら、もっと早く見せるべきだった。


「わたしね、思ってたんだよ。

 もしかしたらツムギくんがこの世界を救う勇者になるんじゃないかって」

「それは嬉しいけど……意外だな。

 俺なんて最初にステータスが下がる人間だってわかったのに?」

「だからこそだよ。

 ――そういうのが本当のチート持ちだってのが、でしょ?」


 だから、と彼女は続ける。


「ツムギくんこそが本物。

 だから奴隷も婚約者も、他の女は必要ない。

 わたしだけを見ていればいい。

 だからあなたの記憶を全部閉じ込めたの。

 この魔法が解けない限りは思い出せない。

 ツムギくんはずっとわたしを見続けて、わたしのために生き続ける。

 もう心はわたしの奴隷だね。

 こんな楽しい世界があるのに戻りたくなんてないから、守ってね。

 私の玩具ツムギくん」


 第四章 了

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