第288話 実感

***


「紡車くん……倒した、のかい?」

「いや、逃げられた」


 近づいてきた光本が震えた声で問いかけてきたので答えると、他の生徒たちから安堵の息が漏れた。


「な、なんだったんだあれ」

「ステータスは、ツムギって……」


 ありゃ。俺のステータスが表示されてたのか。


「紡車くん、さっきの黒いのには君のステータスらしきものが表示されたけど、間違いないかい?」

「まあ……なりすます能力なんだろう」


 と言っても一週間くらい前のだし、絆喰らいでルースを喰らう前のステータスだ。


「驚いたよ。あんなにレベルが上がっているなんて……」

「そうなのか?」


 他よりは高いほうだろ思ってたけど、驚くほどの差はないと思う。


「レベルは十の桁が上がる度に、次がすごく上がりにくいんだ

 僕たちはまだ……40にも達していないよ」

「へぇ、知らなかった」


 地下に閉じ込められたあとすごいレベル上がってたからなあ。


「ツムギくん!」


 そこにヒヨリが飛び込んできて俺に抱きついてきた。


「もう、死んじゃったかと思ったよ」

「誰も死んでないだろ。遊ばれてたんだよ」

「そ、そうなんだ」


 引き剥がしたヒヨリの眉尻が垂れる。光本も察していたようで困ったような表情を浮かべた。


「紡車くん、さっきのが、ドラゴンでいいのかい?」

「ドラゴンも形状は様々だ。だがあれも間違いなくドラゴンだ」

「そうか……あのドラゴンの上に魔族がいるんだね……まだ、強さが足りないんだな」


 光本は悔しそうに自身の拳を握りしめた。


「でも、今日は戻ろう。みんな疲れているだろうし」


 本来なら夕食の後、クラスメイトでミーティングの予定だったのだが。このトラブルでみんなのメンタルもだいぶ疲弊しているだろう。

 素直に光本の判断に従って全員解散した。

 もちろん、報告やらなんやら諸々はカイロスに任せて。


***


「ふぅ」


 部屋に戻ってベッドの上で転がる。

 そういえば両木に今のステータスがバレたことに何も対応していない。まあ信用するって言ってたしみんなにばらすなんてことはなだろうけど。


「ツムギくん」


 ノック音とともに、ヒヨリの声がした。

起き上がって部屋の扉を開けると、目の合ったヒヨリがはにかむ。


「えへへ、今日のツムギくんはすごかったね」

「そんなことないさ。全部この世界に来て手に入れた力だ」


 それがなければ俺なんて無力なただの高校生に過ぎない。

 魔法があるから、ステータスが強いから、なんてものに未だ実感が湧いていないのかもしれない。


 唯一ある実感は、命を掛けているということだけだ。


「だとしてもだよ。この世界ではそれが全部なんだから」


 ヒヨリが俺に近づいて首元をなぞる。


「もう0になってる」

「マスグレイブに逃げられたあと、すぐに解除したからな」

「そのままにしておいてもよかったんじゃない?」

「いや……俺は0のままの方がいい」

「ステータスが下がるから?」

「違う」


 話しながら、二人でベッドに腰掛ける。


「魔族を取りまとめている、たぶん俺たちの最大の敵になるオールゼロ……あいつはキズナリストの数に拘っていた。

 キズナリストのいない人類、それが許せないらしい」

「ひちりぼっちを許さないってこと?

 なんだかそれだけ聞くと優しい人に聞こえてくるね」

「ひとりぼっちをなくすために、リストが0の人間を殺すだってよ」

「全然優しくなかった!?」

「だから……俺が標的になればいい」


 俺が0である限り、オールゼロが狙ってくるのは俺だけになるはずだ。


「それで、一人で動くっていったんだね」

「巻き込むことになるからな」








「奴隷なら、巻き込んでもいいんだ?」


 ヒヨリが、耳元で囁いた。

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