第285話 止まるんじゃねぇぞ

「それが、光本の魔法を破った」

『影にいる我輩の存在に気づくとは素晴らしい力だ。

 しかしその力は、同時に我輩の存在も脅かす』


 影から分離したマスグレイブが俺の姿に変わる。

 俺はすぐに両木の前に立った。当人は驚いて硬直したままである。


「待て、早まるな。

 物騒なこと言い出すんじゃねぇ」

『気付いたのはそこの小娘だけだろう?

 ならばここで喰らえば何事もなく終わる』

「終わんねえよ、ここにお前の敵がどれだけいると思ってるんだ」

「つ、紡車」

「お前は早く逃げろ!」


 両木が震えた手で袖を掴んでくると同時に、俺は部屋の扉を開いて両木を部屋の外に押し出した。


 たぶん、他のクラスメイトに報告されるだろうな。

 それで俺が化け物連れていたってなって追い出されるパターンだわ。


『逃がすわけなかろう』


 しかしマスグレイブはすぐに影になると部屋の窓からするりと抜けていった。

 あの身体便利だなおい。


 俺も部屋を抜け出し、赤いカーペットの敷かれた広い廊下を走る。視界に入った両木のところへ急いだ。


「行くぞ!」

「どこに!」

「影がない場所だ!」


 両木の腕を掴んでスピードをあげると同時に、真後ろの窓ガラスが割れ、黒い影が廊下へと侵入する。


『ふははは!これぞ弱肉強食の本来の姿!

 逃げ惑え弱者共』

「あいつはアホか!?」


 隠れていたいやつが廊下で大声なんか出したら、


「なんだ、廊下がうるさいぞ?」


 部屋から他の生徒か出てくるのは当然なわけで、走る俺と両木を見て驚いたあと、後ろの影にさらに驚いて慌ててドアを閉めていく。


『ふははは! 喰らう相手が増えていくな!』

「自業自得だ!」


 廊下は思ったよりも入り組んでおり、様々な通路がある。さらに影は思ったより動きが遅い。徐々に俺たちとの距離も広がってきた。

 角を曲がれば姿が見えなることもある。


「逃げ切れるか、いやどっか隠れた方がいいか。でも匂いでバレるか!?」


 影から隠れる場所なんてあるのだろうか。

 アイテムボックスに光明石はない。前回マスグレイブに使ったあと買い足しに行けていない。


「紡車!」

「両木、疲れても止まるんじゃねぇぞ! 死ぬ気で走」

「いや、止まって!」


 ぐいっと襟を後ろから引っ張られて首がしまる。

 慌てて急停止した俺は両木を睨みつけた。


「こっち」


 しかし両木はそんなこと気にせず、目の前の壁についた扉を開けて俺を押し込み、自身も入ってきた。

 って、なんだここ狭い。

 周囲には何やら棒状のものが入っている。

 箒だ。どうやら掃除用具の置き場らしい。


「これで」


 身体を密着させた両木が、ポケットから瓶を取り出したのが薄暗い中でも見えた。


香風ペルフムム


 瓶の中から何やら青白い空気が浮いてきたと思いきや、俺たちの身体を這うように周囲を高速でくるくると回ると、そのまま外へと飛び出していった。

 数秒してマスグレイブらしき地鳴りが通り過ぎていく。


「やり過ごせた……のか?」

「今のは匂いを吸収して移動する魔道具。

 敵を特定の位置に誘き寄せたりするのに使う。今回は私たちの匂いを吸収させて、とにかく遠くまで移動するよう指示をした」


 両木は俺の匂いでバレるかもしれないという発言を聞いていてくれたらしい。

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