第284話 六眼
「そういえば」
十数秒続いた無言の中で、先に口を開いたのは両木だった。
「紡車は、元の世界に戻るかは魔王復活を止めてからって言ってたけど」
「……ああ」
光本と戦う前の時の会話だろう。
どうやら、クラスメイトは全員元の世界に戻りたいらしい。
「私には、戻らないという選択が理解できない」
「そうか? 元の世界で嫌なことだらけだった奴なら、別の世界がいいってこともあるだろ?」
「紡車はそうなの?」
「俺は、別に」
ある。
元の世界が嫌だというより、元の世界よりこっちがマシだというだけだが。
「私たちはただの高校生。戦い方も知らないし、それで稼いで生きていくなんてやり方も身についていない。
魔物がいて、命を懸けて生きていくなんて、平和な場所に生きていた私たちには向いていない」
突然として投げ込まれた異世界なら、両木の考えが当然だろう。元の世界の本には異世界に行って第二の人生だとかやり直すなんて話もあるが、現代の生き方が染みついた高校生が機械もネットもないこの世界で生きていこうとはあまり考えない。
それにこれは異世界転生でもない異世界召喚で異世界転移だ。第二の人生もあったもんじゃない。
「だが、誰にも知られていない世界の方が生きやすい。
そういう奴もいるだろう?」
「それは自分のこと?」
「いや……」
誰のことを、言いたかったのだろう。
ふと脳裏に桜の木がよぎった。理由は分からなかった。
「私は、私を知っている人のいない世界で一からやり直すなんて無理。
それに、元の世界に残してきた人たちが多すぎる。
両親も、私には弟もいる。
あなただって……妹がいる」
その言葉に、俺は僅かに目を細めてしまった。
思い出したくないことだった。
「俺には……もう妹はいないよ」
「一緒に住んでないから、なんて言わないでよ。
紡車のことをずっと気にかけて、よく教室にも来てる。紡車はいつもいなかったけど」
「あいつとは縁を切ったつもりだ……あれは、俺への罰だよ」
投げやりに言葉を放ったのが両木の癇に障ったのか、舌打ちが返ってきた。
「中二病を拗らせるのも大概にして。
どうやったて家族の縁ってのは切れない」
「それを切れるのが、この異世界じゃないのか?」
両木が音を立てて椅子から立ち上がった。
「最低」
「知ってるよ」
両木が部屋から出ていこうとして扉のノブに手を掛けたところで止まった。
「……結局、紡車は、どっち側?」
「演じてる話か? 俺はこれが素だが」
「そんなのどうでもいい。
――紡車は私たちの味方? 敵?」
振り返った両木の目が鋭く、冷たい。
「私のアビリティ、分かってると思うけど」
「未来の動きが見えるとか、予測できるとかじゃないのか?」
「それだけじゃない。
私の
「!?」
思わず目を見開いてしまった。
召喚者は『異界の眼』でこの世界の人類、魔物のステータスが見られる特権がある。
しかし、召喚者同士のステータスは見えないという仕様だ。
それが見えるということは――
「紡車のステータス、もう人間じゃない。
それに、なにか……いる」
その言葉と同時に、俺の影が部屋の中に広がった。
『危ういな。殺す』
マスグレイブ……!!
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