第281話 鎖
***
「ツムギくん」
宿が火事になっていたので渋々王城に戻ってきた俺は、門の前で呼び止められた。
振り返ると見知らぬ女の人が立っていた。
モデル体型の美人さん、ではあるが俺が関わるような相手とは到底思えない。
知らない人に名前を呼ばれるのは今日で二度目だ。
「どちらさまでしょうか?」
「……そうか、彼女が言っていた通りだ。私の記憶もないのだね」
「はぁ……」
まーた記憶無いとかなんとか。
二人にも言われたから自分には記憶が無いんだと信じると思うか? これは詐欺がよく用いる手法じゃないか。
複数人から指摘を受けることで自分が誤ってると思い込ませるパターンです。俺は信じないぞ。
「ならば、無理やりこじ開けるしかない」
女がそう言うと同時に、こちらへと何かを向けてきた。
杖……? いや、魔法か!
「精神魔法――
***
「どういうことだ」
魔法によってツムギの精神に入り込んだレイミアは、目の前の光景に驚愕の声を漏らした。
白い空間に――鎖。
全てを封じ込め、通さんとするような鎖が無数に張り巡らされていたのだ。
「これが、記憶……? まるで封じ込められたかのような。
いや、あるいは封じ込めているのか」
レイミアは、ツムギの記憶喪失を魔法によるものだと推察した。
ツムギだけではない、エル王女ですら同じ様な状態であるとオウカから聞いている以上、誰かが絡んでいると考えるのが妥当である。
それでも、オウカの言っていることが全てではないので、自分の目で確かめる必要があった。
だからこそ門の前でツムギに遭遇したのは幸いだった。
「早まったか……。いや、鎖の原因さえ見つかればまだ」
奥へ進もうと鎖を掴む――が
「ッ!?」
触れた瞬間、稲妻のようなものが走り、レイミアは痛みで手を離す。
「進ませる気は、ないということかい」
「そういうことだよ」
奥から声がした。
ツムギ――の声だが、どこか雰囲気が違う。
「君は、誰だい?」
「俺は紡車紡希だ。それ以外の何者でもないよ」
「私の知っているツムギくんとは随分と印象が違うが?」
「そりゃそうだ。だって俺はあいつが作った紡希だからな」
「作った……? 別の人格とでもいうのかい」
「違う違う。俺もあいつの一部だし、あいつも俺の一部だ。
俺が俺しかいないのは絶対の事実。
だが、俺が俺を演じることだってある」
「自身を……演じる?」
レイミアは言葉の意味を理解しきれなかった。
自己というものはいつだって一つだと考えていたからだ。
私は私である。他の何者でもない、レイミア・レルネーだと。
「自分がいるから他人がいる? そうじゃない。
他人がいるから自分が生まれるんだ。 この意味がわかるか?」
「……自分がどうみられるかで、自身を作り上げたと?」
「ご明察。他人から見られた自分。それだけがあればいい。
だってそれだけで紡車紡希は認識されるのだから」
「そんなのは……自分を愛せていない愚か者のやり方だ」
レイミアが声を張り上げた。
しかし、ツムギの声が嗤う。
「隠すなよ。お前もレルネー家としてどうみられるのが正しいか理解しながら生きてきたはずだ。それと同じだよ」
「そうだ、しかし私は私が愛おしいからそうしたのだ!
自分を愛し、愛されたいからそうしたまでだ!
愛される気のない貴様の言い訳など汚物でしかない!」
「愛されたい……そんなの誰だって思ってるよ」
瞬間、レイミアの眼前で突風が巻き起こる。
「帰れ。お前が来るような場所じゃない」
「ならば、ツムギくんの記憶を――!」
「お前たちの記憶は、俺の与り知らぬところだ」
レイミアの視界が黒に反転した。
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