第280話 歪な存在

***


「う~ん……音が足りない」


 王都のとある丘の上に、白いローブを羽織った女が立っていた。

 その女は王都を見渡せる位置で何かを聞き取るように静かにしており、そして小さく呟く。


「対象外……神に届くもの」

「捕食者ですねえ」

「アンセロか」


 女の後ろに突如としてもう一人の男が現れた。

 こちらも白ローブに身を包んでおり、傍から見れば王国魔法師団のものと思うだろう。しかしよく見ればローブのデザインはまったく違い、二人が着ているのは何世代も前のデザインである。この国でそれを見たことがあるのは、貴族の服を扱う仕立て屋でもごく一部だ。


「準備の程はいかがですか?」

「いい音色だよ。徐々に憎悪が膨らんで張っていく音だ。

 しかしこれはまだ序曲に過ぎない。

 まだ、足りない

 あとはこの音色をかき乱す、神に触れる者を始末したいね。

 あれと、あれに強く触れている者に影響が出ていない」

「ふむ、現状あの少年をどうにかするのは難しいでしょう」

「何の成果もなく戻ってきた言い訳かい?」

「いえいえ、捕食者のアビリティは想像以上ということです。あなたのアビリティですら今こうして干渉されているのですから」

「なるほど……。

 それで、何しに来た? まさか私の観賞を邪魔しに来たわけではあるまい?」

「ええ、ご報告を。オールゼロ様がラベイカとクラヴィアカツェンの製造を終えたそうなので、クラヴィアを作り次第こちらに向かうと」

「クラヴィアか。あんなまやかしの赤子などもう要らないだろうに」

「いまは双子の妹ですよ。偽物でもいてくれないと、あの子が暴走して私たちまで頭を爆発されますからね」

「くふふ、怖い怖い。

 どれだけ歪な存在であろうと、心の拠り所であればそれも美しきものになると」

「懐かしいですね。いまでは私たちも歪で醜い存在になってしまった」

「それでも、我らが向かう先には正しき世界が待っている。

 到達すれば我らが美しきものだ」


 女は両手の人差し指と親指を伸ばし目の前に四角い枠を作ると、そこから王都を覗き込む。


「焔の森からはまだ時間が掛かる。仕上げるには丁度いいか」

「今回は随分とじっくりですね」

「心の深い根の部分まで浸透させる。

 何の疑いもなく、何の躊躇いもなく――妖狐を殺せるように」

「昨日の急ごしらえは失敗ですか?」

「あの音色は煩すぎた。時間を掛けて調整しなければ、楽器は応えてくれないよ?」

「お任せしますよ。私もオールゼロ様が来るまでは動く気ありませんからね」


 男はそう言い残すと、その場から姿を消した。

 しばらくして、女が引き攣ったような嗤いを声を漏らす。


「さあ、その時が迫っている。

 人類を滅ぼし、邪視を消去し。

 我ら魔族とオールゼロ様が新たな世界を――物語を」


 歪な存在は嗤い続ける。

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