第277話 拒絶の目

 オウカが向かったのは学院だった。

 いまの時間であれば、シオンがいると考えたからである。

 無意識ではあるが、ツムギに関して困ったことがあったとき、オウカがいつも相談していた相手はシオンである。

 奴隷商であるから奴隷に関しても理解があり、なによりもツムギと懇意にしている。自身と同じくらいツムギのことを知っている相手であったからだろう。


「ッ……?」


 学院に入ると妙な空気を感じた。

 視線だ。廊下を歩く生徒たちがオウカを見るなり、突き刺さる様な視線を向けてきていたのである。

 生徒のほとんどは、ベリルとの戦いでオウカが妖狐族であることを知っている。

 

 しまった、とオウカは自身の選択の間違いに気付いた。

 昨日も妖狐族だからとラセンに狙われたばかりである。

 妖狐族は嫌われている。一人で歩いていれば、こうした目を向けられて当然なのだ。

 ならば、いままではどうして大丈夫だったのか。

 簡単な話で、ツムギが近くにいたからである。そして生徒会長であったレイミアがいたからである。

 いま隣にツムギはいない。レイミアも生徒会長を止めることを告げている。


 ――とにかく、シオンお姉様に。


 丁度そこへ、一人で教室移動をしようとしているシオンを見つけた。


「シオンお姉様!」

「っ……!? オウカ、ちゃん」


 オウカが声を掛けると、シオンは怯えた様子で振り返った。

 その姿にオウカは一瞬首を傾げるも、すぐに近づこうと足を前に出す。

 

「来ないで!」


 しかし、シオンの大きな声でその足が止まった。


「やめてよ、もうあたしを惑わすのはやめて」

「え、シオンお姉様? 何を言っているんですか?」

「あなたが! 近くにいたからおかしくなってたのよ!

 だってそうでしょ!? そうでなきゃ、ツムギなんて……」


 まさか、とオウカは目を見開く。

 昨夜と同じだ。


「あなたが妖狐族だから! あたしはおかしくなってたのよ!

 そもそも妖狐族は嫌われて当然なの! 視界に入っているのがおかしいのよ!

 だから、消えて! あなたを見てると頭が痛くなる!」

「……」


 オウカは胸が締め付けられる思いだった。

 慕っていた、ずっと仲良くしていけると思っていた相手に拒絶される。

 こんなにも苦しいものなのかと。

 いまにも吐き出しそうな苦しさを抑え、代わりに涙が溢れだす。


「誰も、あなたの存在を認めていないのよ!」


 周囲の生徒が皆、拒絶の目を向けていた。

 出て行けと、オウカは無言で怒鳴りつけられている気分になった。


 ――ここにも、もう居場所がない。


 再びは

逃げ出す。


 どこに行けばいいか分からない。

 行くあてがない。

 でも、一人ではなにもできない。


 ――私は、無力だ。


 ベリルとの初戦でも思ったことである。


 ――あの時から、何一つ成長できていない。


 自分の弱さに、オウカは唇を噛みしめる。

 しかし、足は止まりはしない。

 最優先は主であるから。

 自分の弱さなど、自分でなんとかするしかない。


 ――何よりも、ツムギ様を何とかしないと。


 そしてオウカがたどり着いたのは、貴族区域へと繋がる鉄格子の門。

 憲兵が立っており、オウカのような奴隷が一人で入ることは許されない。


 目を盗んででもとオウカが考えていた時、目の前に目的の人物が現れた。


「……来たんだね、オウカくん」

「レイミア様」


 門の前に立っていたレルネー家次期当主は、肩に流した花紺青の三つ編みを撫でながらオウカを見る。

 その瞳はとても冷徹であり、オウカは思わず息を呑んだ。

 レイミアの口が開かれる。


「……君が、ラセンを殺したのかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る