交錯する謎(王都)

第276話 赤頭巾が駆ける

***


「そんなっ! どうして!」


 昼下がりの商店街は人が多く集まり賑わっていた。

 そんな道を一人の赤頭巾が駆ける。

 人にぶつかり怒鳴られても、それを無視して走る。

 目的地はない。

 

 いまの彼女に居場所はなかった。


「どうしてですか、ツムギ様」


 朝目覚めた時、オウカは路地裏に倒れていた。

 昨夜、レルネー家のメイドに殺された――はずだった。

 何度もナイフで刺されて意識を失ったあと、自分がどのようにしたのかは分からない。衣服や傷はすべて治っていた。自身の回復魔法を使って生き延びたのだろうか。

 何であれ、生きていられたのなら主の所に戻ろうと。

 しかし、長く使っていた宿は燃えていた。

 オウカが戻った時には鎮火していたものの、黒くなった自分たちの部屋に主はいないと悟った。


 ならば、いまはどこにいるのか。

 すぐに思いついたのはギルドだった。

 受付嬢をしていたマティヴァに訪ねるが、何も聞いていないという。


「でも、ツムギちゃんなら、王城にいるんじゃないかなあ?」


 その言葉で主が王女と知り合いであることを思い出して、オウカは王城へと向かった。

 向かいながら、なぜ王女と知り合いなのか、なぜ魔族と渡り合えるほどの力があるのか。

 改めて考えて、そして何も知らないことを知る。


 ――私はツムギ様の何一つ知らない。


 しかし、オウカ自身も何も語れていなかった。

 初めて出会った時から記憶のない彼女には語るものがなかった。


 ――知りたい、知られたい。好きだから。

 私の全てを捧げたい。ツムギ様の全てを受け止めたい。

 今度、ちゃんと話してみよう。

 ゆっくりと時間をかけて。


 オウカの想いはすぐに打ち砕けた。



「えっと……誰だっけ?」



 一晩明けた主の第一声だ。

 一年にも満たない主従関係であるにしても、昨日まで頭と太ももを擦り付け合っていた仲だ。

 そんなひどい言葉があるだろうか。

 最初は、自分の生え変わりで見た目が変わっていたせいかとも思った。だがそのことを告げても彼の表情は怪訝なままだった。


 完全に忘れられてる。

 一夜にして忘れられた。


「消えなさい、妖狐族」


 隣にいた女に敵意を向けられたオウカは逃げるしかなかった。

 どうすることもできなかった。


 ――私は、妖狐族で、みんなから嫌われる存在で。


 だから。


 ――だから、ツムギ様からも嫌われるの?


 少女は思う。

 主が離れてしまったこの世界に、自分の居場所はあるのかと。



 孤独。



 ――私は孤独になる。

 ツムギ様のいない世界に意味はあるの?

 存在意義は、理由は、目的は?


 奴隷としてではなく、一人の女としても。

 彼がいなければ生きていけないと、確信めいた何かが生まれる。

 依存でもなんでもいいと。

 それでも一緒にいたいと。



 ――だから、嫌われるよりも。

 忘れられてしまうことのほうが辛い。


 枯れたと思っていた涙が再び溢れ出す。

 そして、考える。


 主の記憶喪失には、何か原因があると。

 昨夜のうちに何かがあったと。


 ――見つけないと。


 赤頭巾が駆ける。

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