違う道の結果(王城)

第268話 お前は誰だ

 洗面所にある鏡の前でいつも問いかけていた。


「お前は誰だ」


 それを繰り返すことで、だんだんと自分の認識がおかしくなるなんて話を聞いたことがある。

 だが俺はそんな目的のためにやっているわけではなかった。


「俺は、紡車つむが紡希つむぎだ」

「お前は誰だ」

「俺もお前も紡車紡希だ」


 何度でも問いかけて、何度でも答える。


 夜と朝の境目で、誰にも知られないように。

 自問自答を、繰り返す。


***


 瞼を開いて最初に見たのは、青と白のフィルターがかけられたような中庭だった。

 数回見た光景ではあったので、さほど驚くことでもない。が、なぜだかとても懐かしく思える。


 身体を起こすと、ベッドの隣に人が座っていることに気付く。

 椅子に腰掛けて首を少しだけ傾げて眠っていたのは、クラスメイトのヒヨリだった。


 彼女には、この世界に来てから世話になりっぱなしな気がする。


 ずっと見ていられそうな寝顔に髪の毛がひと房垂れていたので、思わず手を伸ばして指先でかきあげると、


「んっ……?」

「あ、ごめん。起こしたか?」


 彼女は虚ろな瞳をこちらに向ける。

 寝起きの頭で状況を理解しているのか、徐々に表情が驚きに変わっていった。


「ツムギくん!」

「うおぁ!?」


 思い切り椅子から立ち上がった彼女はそのまま俺に抱きついてきた。


「よかったぁ、ダンジョンで倒れた時にはほんとどうしようかと思っちゃって」

「気絶したのか、俺」


 ドラゴンなんて大層な相手を敵にしたからと言っても、やはり女の子の前で気絶は恥ずかしいというかみっともないというか。


「身体はなんともないんだよね? なんだかすごぉくおっきいの出てたけど」

「何ともないよ」


 身体はいたって正常だ。


「よかった……ほんと、ずっと心配してたんだからね」


 突然ヒヨリが顔を近づけてきたかと思いきや、そのままおでことおでこをくっつける。


 顔が……近い。


 思わずドキドキすること数秒。

 小さな顔が離れて、


「うん、微熱みたいだし大丈夫だね」

「そういえば保健委員だったね……」


 微熱すらも危うい。


「それでこの後なんだけど」


 ヒヨリは改めて椅子に座ってから話を進める。


「折角だから、みんなに顔見せるよね?」

「うーん……もう俺のことなんて忘れてるでしょ」

「そんなことないよ! みんな心配してくれたんだよ。

 特に光本くんなんか自分のせいじゃないかって」

「光本? ああそういえば、あいつと模擬戦した直後だもんな。悪いことしたな」


 なら一応顔だけは見せておいた方がいいのだろう。

 そんなわけで、俺は学院の制服に着替えて、ヒヨリと一緒に食堂へと向かった


「そういえば、どうしてGクラスの制服なんて着てるの?」


 ヒヨリのパーカーは最強のAクラスである赤色で俺のは最弱のGクラスである紫色だ。


「学園じゃここの評価が全てだったからね」


 俺は首元の『0』を指差す。

 この世界で、人類の強さはキズナリストが全てだ。

 

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