第267話 音が流れて

 真夜の街を駆けるラセンの心には、喜びと誇りが満ち溢れていた。


 ――妖狐族を、悪の根源を絶った……!


 表情には出ていないものの、内心では何度も自身を讃える。

 そんな彼女の頭の中では音が流れていた。

 聴いたこともないそれは音楽なのかも分からない。

 ただそれが心地よく、心を昂らせてくれていた。


 ――妖狐族は悪だ。駆除するべき種族だ。

 私は正しい。レイミア様を守った。

 それだけでなく、人類も! 魔族も!


「ま……?」


 心に思ったことで、ふと疑問が生まれて足が止まる。

 同時に彼女の鼓膜には何かが破裂するような音がした。





 その時点でラセンの首は既に地面を転がっていた。


 残された胴体が遅れて崩れる。


「う〜ん、音楽というものは静かに、何も考えず味わうのが正しいのに」


 屋根の上に座った何者かがため息をつく。

 指に持っていた何かを弾くと、それは転がったラセンの真横に落ちた。

 切られた自覚のないラセンの瞳が、落ちたそれを見つめる。


 金貨。ミトラス神の顔が掘られた、この国で一番流通している何の変哲もない金貨だった。


 それを見つめながら、ラセンにはまた音が聞こえていた。

 心地よく、眠りに誘うような、母を思い出させる音だ。

 ラセンは幸せを抱きながら、瞼を閉じた。


 屋根にいた者が口笛を止める。

 遠くでは煙の立った赤い光が見えた。


「人の焼ける音はいい。断末魔を添えて奏でてくれれば満点だったが、やはり適当な楽器じんるいでは演出まで拘れないか」


 不満を零したその人物は道に降り立つと、ラセンの頭を球のように端へと蹴り飛ばす。

 そしてまた、口笛を吹きなが闇へと溶けていった。


***


「おい、はやく水を!

 水魔法使えるやつも来てくれ!」


 燃え盛る宿の前では、眠っていた冒険者たちが飛び起きて避難と消火活動を行っていた。

 夜中で気が付くのが遅かったこともあり、火の勢いは既に屋根まで到達し、隣の建物にも燃え移りはじめている。


 そんな騒がしい場所から少し離れた路地裏を、オウカが這っていた。

 皮膚の爛れた身体はナイフで穴だらけになり、地面には血を引きずった跡がある。誰かが空へと昇る火ではなく下を見れば、けが人がいることにも気付けるくらいにだ。


 物陰にたどり着いたオウカは仰向けになると何かを唱える。

 すると、身体中に緑色の光が発生し、あらゆる怪我を衣服ごと再生した。


「まったく……別れたばかりだというのに」


 その瞳は青く輝いていた。


「しかし、戻せないとなれば、これがあるべき道。

 すべて正しく、すべて目的に向かっている。

 魔族が、裏切りましたか。

 それと……あの方に何かが」


 少女は立ち上がり歩きはじめる。

 何も知らぬままダンジョンにいるであろうツムギの元へ。

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