第264話 人を惑わす力

静かに、音なくナイフが振るわれ――


「っ!?」


 オウカは反射的に全身を翻して避ける。

 飛び跳ねた身体は隣の二人を越え、ラセンとの間にベッドを挟む位置へ着地した。


「気付きましたか。

 暗殺者の能力を超える聴覚、恐ろしいですね」

「一切音がしなくなれば、私でなくても気付きますよ」


 オウカは少し声を張り上げて答える。これは残りの二人が起きるようにだ。

 しかし二人は一向に起きる気配がなく、寝息も聞こえてこない。


「それぞれ音を遮断させていただきました。いくらでも大声をあげて構いません。

 どうせ誰にも聞こえないのですから」

「……私に何か用ですか」

「そうです、あなた様に死んでいただきたい」

「なんで、そんな」

「なんで? あなた様が妖狐だからという理由以外ありませんが」


 ナイフが2本、オウカに向けて投げられる。

 オウカにはそれがはっきりと見えていたので躱す、が。


「糸!?」


 横切るナイフの柄についた糸を見て、ただ投げたわけではないと理解するも遅い。

 糸に魔力が流れ、ナイフが生きた蛇のように先端をオウカに戻して切りつけた。


「きっ!?」


 肩と頬から血飛沫が舞う。

 ナイフはラセンの手の中に戻っていった。


「どれだけ煩くしても誰にも届きません。

 思う存分叫んで死んでください」


 さらに3本投げられる。オウカの反応がコンマ数秒遅れた。

 直撃――かと思いきや、オウカの目の前に現れた何かに刺さった。


「枕……?」

「さて、どういうことか説明してもらおうか」


 起き上がったのはレイミア、続いてシオンもだが、こちらは状況理解に追いついていない顔をしていた。


「騒がしくしてしまい申し訳ございません。

 ちょっとした駆除作業です」

「私の客人を駆除だなんて、そんなこと教えた覚えはないぞラセン!」

「はい。ただ一つ例外を除いては」


 レイミアが声を張り叱責を放つが、ラセンは表情ひとつ崩さなかった。


レイミア様ではお分かりにならないと思いますが」

「なんだと?」

「聞いたことはありませんか? 妖狐族には人を惑わす力があると。

 それは種族による特性。犬人族は鼻がよく、猫人族は足が速いのと同じ。

 ですが妖狐族は悪賢く、その特性を悪用する」

「オウカくんが、その特性で私をたらしこんでいるとでも?」

「そうでなければ、未来の旦那様に付きまとう害虫と和解しようだなんて思わないでしょう?」


 ラセンの声が、姿が揺らぐ。まるで今まで話していたのは幻であったかのように。

 それが何かを理解しているのか。レイミアは舌打ちをした。


「オウカくん、今すぐ逃げろ!」

「でも!」

「ラセンの目的は君だ! 私が足止めをするから、早くツムギくんのところへ!」


 レイミアが腕を振るうと、部屋中に水が放水される。

 それはまるで蜘蛛の糸のように張り巡らされ、動くもの全てを捉えられるようになっていた。


「いけ!」

「……ごめんなさい!」


 オウカは大きく跳び窓を割って外へと出ると、ツムギのいる宿へと向かって駆け出した。

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