第263話 寝息

 その夜、急遽ツムギが用意してくれたパジャマに身を包んでいたオウカは、ベッドの上でツムギとの出会いとこれまでの冒険を語った。

 それは夜遅くまで続き、月が傾き始めたころになってシオンが脱落。それを見たレイミアも「非常に楽しい話でまだまだ聞きたいが、また明日の朝にしよう」と、三人で大きなベッドに潜り込む。


 オウカは熱く語る中でこれまでの出来事を思い返したせいか、興奮が止まず寝られずにいた。

 僅かな光が大きな窓から入り込んでいるおかげで、オウカの目には部屋の内部がはっきりと見える。余計なものがないシンプルな部屋だ。


 ――ツムギ様もこの部屋に来たのかな。

 そういえば、ツムギ様とはずっと宿で生活しているせいか、部屋の趣味とかを知らないな。

 それ以外の趣味もあまり知らないけど。


 そんな事を考えて少女は思わず口を尖らせる。

 ツムギは自身のことを語ることが少ない。放っておけば、一生黙ってそうなくらいである。

 シオンと馬車の中で話した内容を思い出す。


『自分が大事とか考えてるわけでもないでしょうね。

 それすら他者の一つでしかない』

『自分を認識していないのよ』


 オウカから見れば、見た目にも拘らず、人のに好かれるよう振舞っている様子はない。

 しかし、いざこざは起こしたくないようで、当たり障りのない対応をとる。

 誰に対しても最低限の対応だ。捉え方を変えれば、それ以上入り込んでくるなという意思表示にも思える。


 ――ただ、静かに暮らしたいだけなのかな。


 ツムギの目的は魔王復活の阻止である。

 手掛かりになる魔族とは何度か戦ったものの、一向に魔王へと繋がらない。


 ――オールゼロ。魔族。邪視……。


 クラヴィアカツェンの一件で、魔族は邪視と何かしら関わっているのは分かっている。

 そして、その邪視の種族として忌み嫌われているのが妖狐族だ。

 オウカは他の妖狐族を見たことがない。

 滅ぼされた、という話もある。しかし、オウカが生き残っている以上、他もどこかでひっそりと暮らしている可能性がある。


 ――もし、もしも、あってほしくないけど、もしもツムギ様との関係が終わって、私を遠ざけるとしたら……。

 私は、自分の仲間を探さないといけないのかな。


 あまり考えたくなかった未来を想像して、興奮もほとんど冷めてしまう。

 そして、気づく。


 ――やけに静か。


 オウカは耳がいい。だから、小さな音でもそれなりに拾える。

 夜はそれなりに静かなものだったが、それでも虫の音や人の寝息、家鳴りなどは聞こえてくるのだが。


 ――おかしい。


 一切、音がしない。

 今はレイミアを挟むようにして三人で寝ているのだ。寝息すら聞こえないはずがない。


 ――これって……魔法!?


 貴族であるレイミアを守るためのものかとも一瞬考える。

 しかしそれならば部屋に魔法をかければいいので、室内にいるオウカがレイミアの音を聞きとれないなんてことはない。


 ――私に魔法がかけられてる!


 確信したのと同時に認識する。

 ナイフを持ったラセンが、ベッドの横に立っていた。

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