惑いの音色(レルネー家)

第262話 家族

***


「私は――ツムギ様の奴隷です」


 オウカははっきりと口にした。


「例えどんな未来が待っていようと、いまの私が奴隷である限り、私はすべてをツムギ様に捧げます。ツムギ様に尽くします。

 それが、私にできる恩返しです」

「恩返し……?」


 その言葉に疑問を持ったのはシオンだった。

 生まれた時から奴隷は商品であると叩き込まれてきたシオンにとっては、奴隷という立場で誰かに尽くすことに幸福を感じるものではないと思っていた。

 それが……恩返し?


「何も知らない私を、誰かも分からない私を、ツムギ様は買ってくれて、名前をつけてくれました」

「それだけの理由で、彼に尽くそうって言うの?

 おかしいと思わないの? ただ必要だから購入されて、必要だから名前をつけられただけよ」

「シオンお姉様は、自分を生んでくれて、名前を付けてくれて、いままで育ててくれたご両親に感謝しませんか?」

「それは……いえ、それとこれとは全く違うわ」

「与えられた側からすれば同じですよ。名前も、環境も、私たちが望んだものではないのですから。

 でも私たちには必要なもので、それを与えてくれたのですから」


 シオンは口を噤む。その時点で負かされたのだが、しかしオウカの言葉は屁理屈でしかないと納得できないでいた。

 そんな中で、レイミアが鼻で笑う。


「ならば、オウカくんのそれは恋とは全くの別物で、身内に向ける愛と同じだな」

「そう、ですね……私のツムギ様への想いはそういうものなのかもしれません」


 主と一緒にいたい、主に甘えたい、主に尽くしたい。

 それらはオウカの女としての欲求ではなく、子が親に対して持つものに近いのだろう。

 だからなのか、レイミアの表情は少しだけ柔らかくなった。


「家族であるのならば、仕方ない」


 レイミアは浴槽から出ると、見えない場所に待機していたラセンが現れてタオルを渡す。

 それを身体に巻いてから、オウカたちの方へ向きなおす。


「私は先に出てお茶の用意をしているよ。

 オウカくん、君がツムギくんと出会ってからどんな冒険をしてきたのか、聞かせてくれないか?」

「……はいっ!」


 レイミアのそれを興味と受け取るか、容認と受け取るか。

 しかし、この二人は不必要な壁を取り除けていた。


「家族……」


 一人納得がいかないシオンは、その表情を隠すように目元までをお湯に浸ける。


 ――あたしはどうしたかったのか。

 最初は、ただの変な男の人だった。

 何度か話していって、歳が少し上だから、お兄ちゃんはこんなものかなと思うようになった。


 ――あたしは家族が欲しかった? それとも恋人が欲しかった。

 ツムギと一緒に手を繋ぎたい? 仲良くデートしたり、キスしたり。

 お揃いのモノを買ったり、なんてことない日常のことで笑い合ったり……。


「……あれ?」


 ふと、気づく。

 本当にそんなことしたいと思っていたのか。

 あの時はツムギの為に何でもできると言ったが、本当にそうなのか?


 ――ソリーには、ツムギ以外に歳の近い男の子がいなかった。

 ツムギは歳も近いし馬鹿じゃないから会話も弾む。正直楽しかった。

 でも、それだけだ。


 ――もしかして、あたしは恋に恋してた?


 温かくなった身体の奥底で、シオンの何かが冷たくなっていった。

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