第255話 オウカの選択

「奴隷じゃ、なくなる……?」


 オウカにとって、それは考えたことのある話だった。

 奴隷のなったばかりの頃、ツムギから銀貨30枚を貰っている。

 それがオウカの価値だった。

 王都に来てツムギとお店を回るようになってから理解が深まったのは、銀貨30枚の安さである。


 ハーニガルバット王国周辺で使われているのはミトラス金貨、銀貨、銅貨である。

 金貨は大きな買い物でしか使う機会はなく、銅貨はお釣りなどの細かな部分でしか使われない。

 銅貨10枚で銀貨1枚になるからだ。

 そして、1日の生活で使われる銀貨は約10枚。切り詰めれば半分くらいまで削れる。

 つまり、オウカという奴隷は、6日ほど生活を我慢すれば買える程度なのである。


 ――でも、その程度の私をツムギ様は買ってくれた。


 奴隷用の食堂に行けば、ほかの奴隷の話を聞くことが出来る。オウカはそこで自分の扱いがほかと違うことを知ったのだ。


 本来、奴隷というものは資産のひとつである。故に人的資源としての価値しかなく、人とは違う扱いが必要なのだ。そうして主と従者としてのケジメをつける。

 当初はスライムの群れに投げられるという非人道的な扱いを受けたが、次第にほかと変わらない対応、さらに言えば女の子として扱ってくれていた。

 羨ましいと言う奴隷もいるし、主人として未熟だと貶す奴隷もいた。

 それでも、オウカにとって自分への扱いは奴隷のそれではないと感じられるようになっていた。

 だから、


「奴隷じゃなくなっても、一緒にはいられます!」

「いられないよ」


 オウカの言葉をレイミアが即座に否定する。


「彼は私の婚約者だ。彼の所有物どれいでないなら君が関わる理由は何一つない。私がさせない」

「ッ……!」


「そういえば」と、シオンが思い出したように口にする。


「オウカちゃんが記憶を失くした時、これからどうする気なのか聞いたのよ」


 勢いで好きと言ってあえなく撃沈した時のことを、できるだけ嫌な部分は思い出さないようにしながらシオンは記憶を辿る。


「確か、あと半年だけだって」


 半年だけ一緒にいたいみたいなことを言っていた気がする。と振り返る。

よく考えれば、言っている意味がわからない。一緒にいたいなら、半年なんて具体的な期間が出てくるとも思えない。


「って、オウカちゃん沈んでる!?」

「ぶくぶく」


いつの間にかオウカが湯の底まで沈んでいるのを慌てて引き上げる。

虚ろな瞳で「はん、とし……」と何度も呟いていた。重症である。


「オウカくん、よく聞きたまえ。

 君に注がれているものは人に対する愛じゃない。愛玩動物のものだ」

「それって」

「愛でるために側に起き、動物も愛でられるために媚る。

 現状では君が望んでいるような結果には辿り着けない」


 オウカには、レイミアの言葉が半分嫉妬からだと思えた。

 ツムギが構っているのはオウカだけだ。婚約したにも関わらず相手にされないから八つ当たりしているのだと。

 しかし、もう半分は、冷静なレイミアがオウカの現状を的確に指摘しているだけにも思えた。


「諸君も薄々気づいているだろう。

 彼は基本的に何事にも興味がない。

 だが自分の好きなモノには熱心だ。

 オウカくんが奴隷で、ツムギくんのモノだからこそのいまなんだ」


 以前シオンも似たようなことを口にしていたことをオウカは思い出す。


「彼は目的があり、そのために動く。

 オウカくんを買ったのにも、目的があったのだろう?」


 オウカはそれをよく覚えていた。


「ギルドの、昇格試験を受けるため」

「それは達成されたのかい?」

「はい……」

「だから、あと半年なのだろう。奴隷期間が終わり、奴隷税を払えば君を買い戻すことができる。

 そしたら……」


 ――そしたら私はただの一般市民。

 ――ツムギ様との関係は何も残らない。


「分かりやすく選択肢を与えよう」


 湯舟から立ち上がったレイミアがオウカへと手を伸ばす。


「残り僅かな時間、奴隷として彼に尽くすか。

 いまここで奴隷を止めて、一人の女として彼の隣に立つか」

「どういう……ことですか?」

「レルネー家は奴隷魔法の貴族だよ?

 君の奴隷魔法だって、解除することができる」

「奴隷魔法の……解除!?」


「選べ。これがオウカくんの分岐点だ」









 数秒の沈黙。

 そして、オウカが口を開いた。


「……私は――」

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