第254話 ツルツル

 レルネー家の浴室は貴族らしい広々とした空間で、二人でも三人でも余裕で一緒に入れるものだった。


「オウカちゃん……ツルツルね」

「見事なツルツルっぷりだ」


 シオンとレイミアは浴槽に肩まで浸かりながら、浴室の隅でタオルに包まったオウカに声を掛ける。


「オウカちゃん、女の子同士なんだから別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない?」

「そうだぞ? 全身脱毛は斬新だったが、種族の特性なら仕方がない」

「だから見られるの嫌なんですよっ!」


 丁度オウカは生え変わりの時期だった。宿でツムギに膝枕をしてもらった時も毛が抜けていたのだが、初めてのお泊まり会に浮かれていた彼女はそのことを気に留めていなかった。

 結果、「仲良くお風呂で洗いっこしましょう!」と言って浴室に来たところで、全身の毛がパージするという大惨事を招いたのである。いまタオルの中には上から下までツルツルの少女がいる。


「もう少し待ってください……」

「自分でタイミング選べないのは面倒ね」

「まあ、街中とかじゃなかっただけ幸いとしようじゃないか」

「ところでレイミア……あなた思ったよりあるのね」


 シオンはレイミアの胸元で僅かに浮いているものと自分のものを見比べながらぐぬぬと呻く。

 着痩せするタイプか……歳はそんなに離れていないはずなのに。と、貴族と平民の格差社会に嘆く。


「まあ胸なんてあってもツムギくんには関係ないみたいだが」

「え、ちょっとまってなんの話?」

「どうやらツムギくんは大きさには拘らないそうだよ」

「それ本人に聞いたの? 聞くような機会があったの? レイミア教えてちょうだい何をした」

「ああ、そういえば話していなかったか?

 私は彼と婚約関係にある」


「「はあああぁぁぁあっ!?」」


 シオンとオウカが同時に叫ぶ。


「え、だ、だってツムギ婚約はしないって」

「事情が変わったのだろう……原因はおおよそ掴めているが」

「……私の、ために」

「終わったあとに聞いたが、オウカくんは記憶喪失だったそうだね。

 レルネー家の精神魔法で記憶の奥底まで踏み込んで人格を呼び戻す。素敵な発想じゃないか」


 だが、とレイミアは続ける。


「結婚する気のなかったツムギくんを動かせるオウカくんに、私は嫉妬せざるを得ない」

「どうしてですか?」

「いまのツムギくんの行動は全てがオウカくんのためにある。

 私の言葉では彼は動くことなどない。

 君は愛されている。それを自覚したまえ」

「愛されている……愛!」


 ガバッとタオルが脱ぎ捨てられて宙を舞う。

 その中から出てきた妖狐は、山吹色の髪に紅葉を思わせる赤褐色の瞳に変わっていた。


「こんなの……敵うわけないじゃない」


 シオンが羨ましそうに呟く。

 オウカの姿は美術品を思わせるほどに美しかった。

 いままで気にも留めていなかったが、裸を前にして理解する。

 髪の艶や腰のライン、そして少女らしからぬ妖艶さは女のシオンですら顔を赤くしてしまうほどであると。

 歳など関係なく、人を魅了する種族なのだと。


 たぶん、妖狐でなければこの子の人生は違ったのだろうと。

 悔しさの裏に何とも言い難い安堵を抱えながら、シオンは顔の半分を湯に浸けた。


「オウカくんは奴隷になってからどれくらいになるんだい?」

「えっと、もう8か月以上ですかね……? 盗みで奴隷落ちしたみたいなんですけど記憶がなくて」

「軽犯罪での奴隷落ちか。ならばそろそろ資金の準備や今後の予定を立てないとだね」

「予定……?」


 当たり前のように話を進めるレイミアに対し、オウカは何のことかと首を傾げる。

 その姿にレイミアは少しばかり驚いた表情を見せながらも、すぐに何かを察して表情を戻した。


「1年経てば自分を買い戻せるようになる。

 そしたら君は奴隷じゃなく、ただの一般人に戻るんだ。

 つまり、ツムギくんと一緒にいる理由はなくなる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る