第253話 惚気

「ツムギ様がですね、えへへ♡」


 王都学院の中庭には生徒が自由にお茶のできるテラスがある。

 その一角で三人の女子が集まっていた。

内一人である奴隷の少女は、種族が妖狐であるために周りから疎まれている。その為、いまは頭に赤頭巾を被り、尻尾は黒のパーカーの中へと隠していた。

 しかし、本人はそんなことを一切気にしていないようで、嬉しさを全面に押し出した声で残りの二人に話を続ける。


「それでツムギ様ったら、私の口についたソースを手に取ってペロって! 舐めたんですよ! えへへ♡」

「はぁ……」


 惚気と呼んでいいかわからない内容に、聞いていた一人のシオンがため息にも近い反応を示す。それ昨日も言ってたとは指摘しない。


 自分の依頼が原因で目の前の少女は一時記憶を失っていた。その罪悪感の中で生活をしていたのだが、数日もしないうちに記憶を取り戻したのだ。

 そのことは大変喜ばしいと思っているが、問題はその後である。

 連日このお茶会を開いては、こうして奴隷少女の惚気話を聞かされていたのである。

 しかも、その相手は自分を振った男なのだ。心境は複雑極まりない。


 隣では、小鳥の囀りでも楽しむかのように瞼を閉じて紅茶を口にする、元生徒会長のレイミアもいる。

 傍から見れば優雅な姿だが、状況としては、婚約の話が決まった翌日に奴隷と浮気を始めた未来の旦那様の話を聞いているだけである。心境は複雑極まりない。


「ここ最近なんて寝る前と朝起きた時は鼻をちゅーするんですよ♡」

「ぶーっ!」

「ちょっとレイミア紅茶吹かないでよ!?

 てか何これ赤っ!?  血なの吐血なの!?」

「ふふ……私にグラチアップティーは刺激が強すぎるようだ。

 あとは任せる……行け、シオンくん」

「それスライムの魔族切った時のセリフでしょ! 負けフラグだからやめなさい!

 ていうかグラチアップってなによー!」


 シオンとレイミアが騒ぎ出しても、自分の世界に入ったオウカは気付くことなく、自分のご主人様との甘々な生活を吐露し続ける。


 このままじゃ身が持たない!

 そう思ったシオンはとっさのアイディアを口にする。


「た、たまにはツムギを置いて、女子だけで集まらない?

 そう、女子会! レイミアの家でお泊まりなんてどう!?」


 その提案を聞いたオウカはぽかんとした表情を浮かべる。


 ラブラブ絶好調のカップルにはダメか!


「いいですね! やりましょう!」


 オウカがふんすと鼻を鳴らした。

 いいんかい。


***


「というわけで、今日はレイミア様のお家にお泊りしてきます!

 寂しいかもしれませんが、今日は我慢してくださいね!」

「お、おう、行ってらっしゃい」

「ツムギ様が我慢できるように、太腿に私の匂いをたっくさんつけておきますね! えへへ♡」

「遅れるよ?」


 俺の膝枕から一向に離れようとしないオウカを見て、なんだか心配になってくるのであった。

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