第248話 分岐点
突如として室内が白く染まる。
「これは……」
「レイミアが干渉領域を私たちにまで広げているのだ。
これで愚かな息子の最後を私も見届けることが出来る」
当主が悲しそうな声で答えるが、俺の驚きはそこではなかった。
広がった空間には無数の鏡が散りばめられている。それらすべてがインギーを映し出していた。
俺はこの光景によく似た場所を知っている。
竜のアビリティ――
考えてみれば、あれも精神を集中させるための魔法だ。それをレルネー家はスキルとして作り上げたというのか。
末恐ろしい。人類にとっては危険な魔法だ。天級魔法としてレルネー家だけに留めておく理由も納得である。
だが、この魔法はいま俺が最も必要としているものだ。
「兄上……インギー・レルネー、立ち上がりなさい」
レイミアが告げると、空間に倒れていたインギーが人形のように立ち上がる。
「己を見つめ直すがいい。
もし正しき道を選べたなら、今のあなたに戻れるでしょう。
しかし万一にも踏み外すというなら、新たな己となって生まれ変わるのです」
インギーは背中を向けて歩き出した。
「鏡の中に映るのは可能性のあったインギーそのものだ。
いくつもの人生で訪れる分岐点。それはひとつとして同じものはなく、枝のように分かれている」
「つまり、兄上にはこれから自分を振り返ってもらう。
過ちを償う気持ちがあれば、いつか目覚める日も来るだろう」
「……もし自分の罪に気づけないままでいたら?」
「過去捨てられた兄上の可能性を、夢として永遠に見続けるだけさ」
罪かもわからぬ過ちを認めなければ永遠に目が覚めないと。
なかなかにえげつないというか……ほんとに外に出しちゃいけない代物だわ。
何もない、否、あったはずの過去に向かって歩いていくインギーの後ろ姿は、処刑台へと向かう死刑囚を思わせた。映画でしか見たことない光景だけど。
***
「話は変わるんだが」
一連のストーカー事件を終えて、俺はレイミアと一緒に彼女の部屋へと戻った。
当主は責任がうんたらとかで一晩はインギーの近くにいるらしい。どんな子であろうとも、自分の子であることには変わりないし、そういうものなのだろう。
「アンセロ……あの魔族が言っていた、勇者と共に戦ったって自己紹介は本当なのか?」
気になっていたことをレイミアに尋ねてみる。
「私も詳しくはないんだ。なんせ記録が全くない寓話でね。
かつて世界には魔王が存在し世界を滅ぼそうと企んでいた。
それを倒すために現れた勇者は、仲間と共に旅をする。
そして魔王城で見事魔王を封印し、世界には平和が訪れた」
ありがちな昔話、というかゲームの設定みたいだ。
「魔族も架空の生き物だと言われているのに、魔王なんかでてきたら滑稽極まりないだろ」
「ああ、だから今の当主はほとんど信じていない。そのうち消えていくお話だ。
ただ、その時冒険した勇者一行が、いまの国王と貴族たちということになっている」
すると王族は元勇者の血が流れていることになる。なら勇者候補なんて召喚する必要ないじゃん。
「それよりも、あのお姫様を何とかしたほうがいいんじゃないか?」
「マティヴァさんか。本当に第二王女とかなんてこと」
「事実だよ」
レイミアがさらりと認めてくださりやがりました。
「知っていて、貴族は誰も触れないのさ。
触れたら自分たちの立場が脅かされることもわかっているし、そもそも触れる必要もないことだとね」
「またどうして? そこまで国王は力が強いのか?」
「いや、国王は優しい方だ。優しすぎた上に、第二王女を作り、その母を死なせてしまっただけなんだよ。そんなことは王妃も知っているし、それでも愛妻家と呼ばれているのが、あの方の素晴らしいところだ」
複雑な事情があるらしい。
「じゃあ、マティヴァさんには伝えないほうがいいかな」
「そうだね。これ以上彼女をこちらに連れ込む必要はない。
ここが彼女の分岐点というわけだ」
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