第246話 8年前

***


 薄暗い意識の中で、身体中に痛みを覚えた。


「ぶごっ!?」


 いまだ息のしづらい鼻で空気を吸うと、その痛みが本物であると気づく。

 微睡みの中から意識を掴み取り目を開ける。


 目の前には奴隷である腹違いの憎き妹。

 それから突然現れて我の邪魔をした冒険者の男。

 そして、父上がいた。


***


「ぶなっ、なっ!?」


 目を覚ましたインギーは当主を見るやいなや顔面蒼白になり、逃げ出しそうな勢いで裸の上半身をよじる。

 だが腕にはマティヴァさんを捉えていた手錠がつけられており、無理やり立たされている格好から抜け出すことは出来なかった。


 レイミアが一歩前へ出る。


「兄上、状況はわかっておりますね?」

「レイミアぁ……どういうつもりだ」

「それはこちらのセリフです。

 魔族の力を借り、一般の女性を奴隷にしようとしましたね」

「違う! 我とマティヴァは結ばれるんだ。そういう運命だ。そうでなければ成り立たないのだ」


 手錠の鎖を揺らしながらインギーは吠える。


「貴様こそ、家のために何もせず生徒会長などと子供の遊びに興じ、あまつさえ生徒を4人も見殺しにしたそうじゃないか」

「その原因となっているのが、兄上が関わった魔族。アンセロ・レルネーを名乗るものだ」

「あの方は本物だ。本物のアンセロ大爺様だ」


 俺たちから一通り説明を受けていた当主も、これには眉を顰めた。


「インギーよ」

「父上! 我はレルネー家のために動いておりました。そこの奴隷とは違います」

「ならば貴様が今日までにしてきたことの理由を、それがもたらす利益を答えられるな?」

「勿論です」


***


 我とマティヴァの出会いは8年前に遡る。子供たちの誕生日パーティーと称した上位貴族の会合に俺は参加させられていた。

 子供をだしにして大人が汚い話をする会だ。その隅で集まっていたのは、亡くなった第二王女を除いた姫二人と、貴族の子供たち。我は首元の奴隷の模様を隠したレイミアを連れて歩いていた。

 奴らの顔はすべて覚えていた。将来争うことになるだろう敵であったからだ。

 しかし、その中に見覚えのない顔が二つあった。

 赤い髪の男、将来ギルドマスターとなるギィクメシュと。

 その幼馴染であるマティヴァだった。


 一目惚れだった。


 その日は緊張を抱えたままに積極的に話しかけたが、ギィクメシュに邪魔された。一般庶民が立場を弁えろと殴り掛かったら、我が吹き飛ばされ、奴はネメア家に気に入られていた。

 屈辱だった。が、それ以上に我はマティヴァが欲しくて仕方なかった。


 後日、我は彼女のことを調べ始めた。もちろん、自身も毎日彼女の元へ通った。その度にギィクメシュに追い返されたが。

 そもそも、街の娘があの会場にいるのがおかしいのだ。貴族の子供は結構な人数いたので、庶民の娘が紛れていたなど誰も気づかなかったのだろう。

 調べていくうちに、その庶民という肩書に違和感を覚えていく。


 彼女の親は王城の元料理人だった。

 すでに引退した身であったが、何故か王国から手厚い援助を受けていることが分かった。

 つまり、引退した後も何かを任されているということだ。

 そこからは簡単だった。彼女の親を中心に据えて関連人物を洗い出し、行動を調べた。


 そして――


「突きとめたんです!

 彼女が、死んだとされる第二王女であることを!」


 その親が、王の情婦よわみであることも。

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