第245話 茶番

「娘の何が不満だと聞いてるんだおおあぁ!?」


 当主が机の上に乗り俺に襲いかかろうとしてきた。


 ――が、


 ゴキッ


「あ」


 明らかによろしくない音とともに、当主がよろめいて床へと落ちる。


「当主様!?」


 フェリシアが慌てて駆け寄り肩を貸す。いい歳して机を跨ごうとするから……。


「い、いったい、何が、ふま……」


 それでも当主は目を血走らせて俺を睨む。怖すぎるよ。


「いや、レイミア生徒会長が良い悪いの問題ではなく、こっちの都合の話で」

「レイミアはいい子だろう? 都合など全て捨ててでも欲しくないのか?」

「いや、養子を誘ってるのそちらですよね?」


 欲しがるより欲しがられている立場だったような。


「そ、そうか。そうだな、私が悪かった」


 生まれたての小鹿のように足を震わせながら椅子へと戻っていく。


「リー、回復魔法かけられるか?」

「至福の時間だというのに」


 嫌そうな顔をしながらも渋々当主に回復魔法をかけてくれた。


「これは……その小さくなった生き物は一体」

「精霊だが、見たことはない、ですか」

「は、初めてだ。君は精霊も従えているというのか」

「うん? まあそういうことになるの、ですかね」


 当主の顔に笑顔の花が咲く。誰得。


「レイミアが言っていた通り、君はただものではないらしい。

 やはりレイミアはいい子だ」


 ここぞとばかりに自分の娘をよいしょするなあ。


「レイミアは奴隷だと伺っていますが?」

「……そのことも話したのか」

「他の人には隠しているようですが」


 当主の顔が真面目なものに戻った。


「非常に残念な話ではあるが、レイミアは私と奴隷の間にできた子だ。

 私もいろいろ挿して、いや魔が差してしまった。

 しかし我が一族には既にインギーもいる。だからレイミアを正当な後継ぎとするのは些か問題があった。

 だがレイミアには偶然にも魔法の才能があった。そしてインギーには魔法の才能がなかった。

 レルネー家は奴隷魔法をこれからも発展させなければならない。私はそれを理由にレイミアを次期当主とすることにした。それでも、奴隷との間の子であることが世間に知られればレルネー家に傷がつく。それだけは避けねばならなかった」

「だから隠したと」

「レイミアにも理解してもらうよう、家では奴隷として扱っている。

 でなければあの子の才能をレルネー家に縛ることはできない。奴隷という立場が消えれば、いつか旅立ってしまうのではないかと」


 当主は震える自分の手を見つめながら言う。


 うんまあただの親ばかというか、過保護すぎる。考えが極端になっているのが俺でもわかる。


「しかし、レイミアがレルネー家として新たな婿をいれれば、それが優秀なものであれば、彼女の立場は揺らぐことはない。奴隷という立場も完全になくなる。

 だから、強き婿が必要なのだ。ケリュネイア家にも対抗できるほどの力を持った男が。

 その候補が君だ」


 ケリュネイア家ってなんだっけ。ネメア家が第三位とか言ってたから第一位の貴族か。

 それはともかく、これは俺にとって有益かつ有利な状況ではないだろうか。


「俺は既にレルネー家の秘密も抱えている。だから身内にいれたいんだろ?」

「それもある。だがそれ以上にレイミアの人としての幸せも望んでいる」


 やっぱり親ばかだ。馬鹿な親だ。

 まあ、そういう親は嫌いじゃない。俺の身内にはいなかったから。


「父上」


 そこへ、ゆっくりと扉を開いてレイミアが入ってきた。


「れ、レイミア」

「話は、失礼ながら聞かせていただきました。

 まさか、そこまで考えてくださっているとは思いもしませんでした。

 私はレルネー家の奴隷として、レルネー家のために尽くそうと、そう考えていました」

「レイミア……」


 部屋に入ってきたレイミアは、当主の前で片膝をつく。


「奴隷の身にも関わらずここまで育てていただいた恩は忘れません。

 私は一生レルネー家のためにあります」

「レイミア、すまない」


 当主はついに泣き出した。


 なにこの茶番……。


「ですので、兄上――インギー卿の首を取ります」


 あ、違う。レイミアはわざと乗って自分の立場を確固たるものにする気だ。

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