第244話 現当主
「チッ、逃しましたか」
リーがテンプレ臭く舌打ちをする。
ここは逃げられて正解だ。初動として有能な黒夢騎士がまともに通じない時点で相手の強さが規格外だとわかる。あのまま三人で掛かっても倒せるかは怪しかった。
「ともかくとして……マティヴァさんか」
最初の目的を思い出してマティヴァさんの様子を伺う。
倒れている彼女は気を失っているだけのようだが。
「奴隷魔法は解けているのか……?」
「服を捲って腹部を確認なさいな」
フェリシアの助言を受けて服を捲ると、おへその下に赤い魔方陣が描かれていた。
どうやら血で描かれているらしい。
現在の奴隷魔法も、主人の血を飲ませることで効力を発する。たぶん血液中に含まれる情報を元に主従関係を結んでいるのだろう。
この魔法もご多聞に漏れずか。
「すでに効力を失っていますわね。
先程の変な魔法に邪魔されて中断されたのですわ」
「そうか、じゃあもう大丈夫か」
俺の裾で魔方陣を拭う。綺麗なお腹に戻った。
そこに、扉の開く音が響き渡る。
「なんだ、これは」
廊下の明かりとともに入ってきたのは、随分と歳を食った白髪のおじいさんだった。
「当主、お騒がせして申し訳ございません」
フェリシアが素早く膝をつく。
なるほど、この家で一番偉い人だ。
「この有様はなんだ。
フェリシア、貴様の仕業か?
それとも、そこの男か?」
「お前の息子だよ」
答えると、明らかに表情を青くするおじいさん。
「い、インギーは何をしたんだ」
「街娘を攫って奴隷にしようとした」
「なんてことをっ!
奴隷を扱うものこそ人権を尊重しろとあれほど叩き込んだというのに」
おじいさんがよろめくと、周りにいたメイドたちが慌ててその体を支える。
この人は常識人っぽい。
「詳しくは私から。
いまは旦那様方をベッドに運ばせてください」
「……わかった。済み次第、私の書斎に来なさい」
フェリシアが告げると、おじいさんは頷いて部屋をあとにした。
***
倒れていた四人をベッドへ運んだ後、俺たちは現当主の書斎に集まった。
お茶は出てこない。メイドたちはインギーを運ぶのでバテたらしい。
「では、まずは」
大きな机に肘をついた当主が、俺の方を見て口火を切る。
「その、それは一体」
正確には、ソファに座っている俺の膝上に頭を乗せて転がっているリーを見てだった。
いわゆらなくても膝枕である。
しかも俺からの頭なでなで付きである。どうしてこうなった。
「リーは構いません。続けてください」
「いや、ここ私の書斎」
「続けなさい」
当主が目を逸らす。リーの勝利。
リーが想像以上に自由人だが、ご褒美はこれでいいらしいので当主様には我慢して頂こう。
「では、まず君は何者だ」
苛立ちは俺に向けられた。当然である。
「この様な格好で失礼します。
お……私はツムギと申します。
レイミア生徒会長から養子の話を頂いておりますが、ご存知でしょうか?」
「おお、君が噂の少年であったか」
どうやらちゃんと情報共有はされているらしい。っていうか想像以上に好印象っぽいのはなんだろう。
「話はレイミアから聞いておる。
結婚の話は進んでおるか?」
「婿養子ではなく、ただの養子という話で進めさせていただいておりますが?」
「なんだと」
空気が変わった。明らかに怒りのこもった気が流れてくる。
「婿に入る気は無いと?」
「こちらとしても目的を持って活動しているので、あまり縛られるわけにはいきません」
反論すると、当主の鼻息が荒くなっていく。レイミアさんどういう話のまとめ方したんですかね……。
「れ……」
「れ?」
当主が青筋を浮かべながら小さく言葉を発したので、オウム返しに聞き返してしまった。
それがスイッチだったらしく、当主が椅子から立ち上がり。
「レイミアの何が気に食わないんだあああああああああ!!」
怒号が部屋で反響して耳を劈いた。
窓ガラスがカタカタと揺れるほどの大声だった。
驚いたリーが小さくなって俺の脇に頭を突っ込むくらいだった。どうしてそうなった。
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