第239話 賢者の石
以前の……だと。
「本来であればこれまでの記憶を引継ぐらしいのですが、残念ながら前の私は記憶領域を破壊されてしまったみたいです」
記憶領域――森のダンジョンで戦った時、俺は絆喰らいでアンセロの頭部を消し去った。
あれが原因、なのか。
つまり。
「なので、私を私とし得る最初の情報を元に――オールゼロ様が一から作ってくださいましたあ」
ニタリと、アンセロが歯を剥き出す。
オールゼロが、魔族を作っているのか。
「お前は、オウカを、妖狐を売ったことも覚えてないと」
「……存じませんねえ」
「そうか。
なら、お前は――必要ない」
右腕を伸ばして、地魔法と水魔法を同時に発動出せる。
手の平から泥水の塊が数発発射されアンセロに向かう。
「ほう、同時発動!」
わざとらしい驚きの声を上げながら、アンセロはローブをはためかせて泥水を受ける。ダメージは逃がされた。
「私が避ければ魔法陣に泥水がかかり止められると考えたのでしょうが甘い」
見破られていたか。
「ツムギくん、私も行こう」
「引き付けられるか?」
「高祖父の力を持っているというなら、3秒が限界だろう」
「十分だ」
同時に距離を詰める。
「させませんわ」
フェリシアが妨害を図りにくるが、
「どこを見ていますか」
「なぐぁっ!?」
その首に脚が絡まり、フェリシアの身体が仰け反る。
無言ではあったがラセンさんも状況を見て誰を相手にするか理解してくれていた。
「アンセロお爺様、いや、魔族であれば憂いなどない」
「私の血もほとんど引かぬ名ばかりの娘ですか!」
「返す言葉もない」
レイミアが腕を伸ばすと、その指先に小さな水の塊が形成される。
それは瞬時に針のような形状に変化してアンセロに向かって飛ばされた。
その攻撃に合わせて、俺も突撃する。
「ふむ」
アンセロがローブで水魔法を止める。
その横を突っ切り、マティヴァさんのいる場所へ。
あの魔法陣さえ消せば、マティヴァさんをとりあえず開放できる。
腕を伸ばし、再度土魔法と水魔法を発動させようと――身体に衝撃が走る。
視界が大きく揺れ、目標の彼女の位置がずれる。
違う、俺が吹き飛んだんだ。
視線を動かすと、俺の真横にインギーが浮いていた。
「ぶっごぉ! 邪魔させぬわぁ!」
顔から黒い布は外れ、血走った目が俺を睨む。
ここにきて豚に邪魔されるなど!
身体を180度回転させ、ぶつけられた側の脚を床に踏み込ませる。
勢いをすべて吸収し、その反動を豚側に向いた肘に集約させ、
「んっっがぁ!」
「ぶっ!?」
醜い顔に叩き込んだ。
巨体が空中で半回転して魔法陣の上を転がっていく。
「マティヴァさん!」
自身も転げそうになるのをなんとか防ぎながら、マティヴァさんの元にたどり着いた。
反応はない。やはり魔法の浸食が始まっているのか。
床の魔法陣を無効化しようと下を向いた時。
――魔法陣が赤く光りだした。
「なんだっ!?」
「おお、数が足りましたか」
答えたのは、何事もなかったようにレイミアの頭を掴んで持ち上げたアンセロだった。
「何を勘違いしているか知りませんが、床の魔法陣は奴隷魔法とは関係ありませんよ?」
「なっ!?」
アンセロがこちらに向かって小さな何かを投げる。
それは見覚えのある赤い鉱石。
「
そうだ。考えてみれば、インギーがシーファさんの家でこんなに大きな魔法陣を用意できるとは思えない。俺が戻ったときにも、魔法陣なんてものはなかった。
この部屋に用意されていたのは、奴隷魔法とは全くの別物。
嵌められた!
「かつて人類は賢者の石という霊薬を求めた。
それは鉛を金に変え、生命を不老不死に変えるという。
その幻の石を作り出すには人の命が必要だと考え、様々な実験を繰り返してきましたが、終ぞ石は作られなかった」
竜の心臓が床に落ちて跳ねる。
その中で、アンセロが高らかに言葉を続ける。
「答えは単純明快! 人の命にそこまでの価値はなかった!
所詮は小さな身体を動かす程度のモノ。人類は己たちの価値を見誤っていたのです!」
目の前で竜の心臓が止まり、赤い稲妻を放つ。
身体が動かない。
魔法陣の中には、俺とマティヴァさんとインギーの三人が入り込んでいる。
「ですが、そんな人類の命でも作り出せるものがありました!
さて、ここで問題です。
人を媒介にして召喚する魔物、なーんだ」
「ふざけんなよ、アンセロおおおおおおおおおお!!!!」
意識が、赤い光に飲み込まれていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます