第237話 それがありえるかも
「レイミア様もひどいお方。この部屋にノックもなしに入られるなんて。
おかげで旦那様の被虐性欲が晒されてしまいましたわね」
「ぶぶー!」
妹メイドが転がっている豚の尻を蹴ると、インギーは痛いのか嬉しいのか分からない声を上げる。
なんだこの状況。どうしてこんな場所でマティヴァさんが吊るされているんだ。
「あら、お隣の殿方は……冒険者風情がこんな所まで来ましたの?」
妹メイドが俺を見て目を細める。俺がレイミアと知り合いだということは知らなかったらしい。であればマティヴァさんを匿ってた冒険者という認識でしかないか。
しかし彼女の言葉にレイミアが少しだけ眉を顰めた。
「この人は君たちがご存知の通り、私が将来の夫にしようとしてる方だ」
「まあまあ、そんな貧相で
レルネー家の名が廃りますわよ?」
「廃らせようと脅してきたのはどちらかな?」
なんか喧嘩でもあったらしい。が、そんな呑気に話している場合じゃないと思う。
「マティヴァさん!」
声を掛けるが反応がない。気絶しているのか?
「残念ですが、彼女はいま自身の精神へと潜り込んでいますわ。
人の会話中に叫ぶだなんて躾けがなっていませんねレイミア様。
煩い豚はこうしないと!」
妹メイドがスカートの裾を少し捲ると、太腿についていた鞭を取り出してインギーの顔を打った。
「ぶもー!」と叫ぶ半裸のインギーはもう見るに堪えない。
「ああ、レイミア様は奴隷ですから、躾けられる側ですわね」
「緊急事態と言っただろう?
どこかの汚い貴族が街娘を誘拐して大騒ぎになりそうだ」
「そうですの。ここにいるのは本人の意思でついてきたお姫様だけで、誘拐なんてありませんわ」
「そうだろうね。
しかし残念だが、そこのお姫様は一般人だ。
一般人に研究段階の魔法を使用することはレルネー家で禁止している。
しかも話によればキズナリストも使える大発明らしいじゃないか。それを私だけにならともかく、父上にも報告しないなんて無粋な真似をしてくれて」
「研究? いえ、これは既に完成された魔法ですのよ」
「……なに?」
薄気味悪く嘲笑を漏らすに対して、レイミアの視線が鋭くなる。
「兄上が、新たなる奴隷魔法を完成させたと?」
「旦那様が? まさかあ。この豚にそんな才能はありませんわ」
ひどい言われようの兄は踏まれて喜んでいるっぽい。
「いまのレルネー家では新しい奴隷魔法なんて開発できませんわ。
名ばかり残そうと継接ぎの家系図になり、純粋なレルネー家などもはやいないも同然。
ですが、そのレルネー家を作った――奴隷魔法の創造主であれば」
「……まさか」
レイミアが目を見開く。
奴隷魔法の創造主? いまのレルネー家を築いた人物ということか?
「馬鹿な、高祖父なんて生きているわけがない。ありえない」
「それがありえるかも、なんて」
高祖父? ひいひいじいちゃんあたりか?
元の世界なら医療技術も発達してるし生きている可能性がなきにしもあらず。
しかしこの世界は回復魔法ですべてを補っているために寿命を延ばすという面では発達していない。生きていないと考えるべきだろう。
「百聞は一見に如かず。
創造主様、皆様が謁見賜りたいそうですよ」
部屋の奥、暗い場所から靴音が近づいてくる。
「うぅん、感じますねえ。この異様な空気。
孤高と孤独を履き違え無様な人生を辿る者の匂いですねえ」
その声、口調に、僅かながら覚えがあった。
「まさか、ありえない」
「それがありえるかも、と先ほどメイドが申したではないですか?」
思わず口にした言葉に返される。
暗闇から現れたのは、身長の高い男。
白いローブを纏い、顔の上半分を布で覆っている。
その男は大きな動きで右手を胸に添え左手を水平にお辞儀をする。
ボウアンドスクレープ。
「ご紹介に預かりました、かつて勇者と共に魔王を倒し、奴隷魔法で国に繁栄を齎せ、レルネー家の発展に人生を捧げ。
そして、いまここに役割有りと、舞い戻ってまいりました。
初めまして――アンセロ・レルネーと申します」
男が、歯を見せるように口角を吊り上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます