第234話 生活費
「お願いやめて」
マティヴァさんがインギーの前に立つ。俺的にとか関係ない状況であった。
いつもの大人しそうな雰囲気からは想像できない、はきはきとした声であった。
「ぶふ! さすがは我の嫁。立場というものが理解できておる。
我にねだるというのなら、どうすればいいかわかっておるな?」
「……私が、一緒についていきます」
「え」
思わず口を開けてしまう。
ここでマティヴァさんが連れていかれると、依頼を受けた身としてはまずい気がする。
主に
「ごめんねツムギちゃん、巻き込んじゃって」
「いやそれはいいんですけど」
「インギーさん、私が一緒に行くので、シーファを開放してください」
俺に一言だけ告げたマティヴァさんは、すぐにインギーの方へ向き直ると頭を下げた。
しかし、
「ぶ! できぬ!」
「どうして!?」
「こいつは人質だ。解放したところで、そこの冒険者に襲われるとも限らないからなあ?」
インギーがこちらを見る。俺が原因かい。
何もしませんよアピールとして、両手を上げて見せる。
「ぶはん! 冒険者は結果重視の汚い奴らばっかだ!
気を抜けばすぐ裏切る!」
ばれてーら。だから成果主義やめなさいって言ってるんだ。
この世界の子供によく教えられているのが、知らない人についていかないことと、冒険者を信用してはいけないことである。
「マティヴァさん、すみません」
「ううん、ツムギちゃんは心配してやってくれたことだもん。
インギーさん、シーファには何もしないわよね?」
「ぶほほ! 我が姫が望むなら、一切の手だしはせぬ」
何が望むならだ。すでにこの状況を望んてないって。
しかし、俺一人で対抗して二人を無事救えるかも怪しいので、結局全員が家を出ていくまでじっとしているしかなった。
***
「で、何もできず、私に泣きついてきたと」
無様にマティヴァさんを連れていかれた俺は。ギルドではなく学院へと向かった。
生徒会長室に入ると、前まであった書類やオブジェクトが撤去されており、机と椅子があるだけ。
そこに座ってため息をついたのはレイミアである。
魔族とドラゴンが絡んでいたとはいえ、就任中に生徒が四人も死亡し、なおかつ不審者の侵入を許し他の生徒を危険に晒したのだ。やめるという話も致し方ないのかもしれない。
「インギーってお前の兄だろ。
マティヴァさんを連れて行くにしても、貴族区域の屋敷が一番だろうし」
インギー・レルネーの目的はマティヴァさんとの結婚だ。そのうえで連れていくというのなら、特別用意した場所と言うことはないだろう……ないよね?
考えられるのは自宅。つまりは貴族区域にあるレルネー家の屋敷。あそこであれば庶民は簡単に出入りできないし、ギルドの邪魔もそうそうないのだろう。
「ツムギくんの言う通り、昨日も我が家で見かけたし、部屋はいくらでもあいている。
客人として丁重にもてなしているか……あるいは、その新しい奴隷魔法とやらで絶対服従の雌豚を作っているかもしれない」
レイミアが少しばかり口角を上げてこちらを見る。
知り合いがそんな目に合っているなら、そりゃ怒る場面なんだろうが。それよりも俺には生活費とか生活費とか生活費が主なわけで、どちらにしても無事でいてもらわないといけないので顔を顰めておいた。
「しかし、キズナリストも使える奴隷魔法か」
「心当たりがあるのか?」
「いや、それが全くないのだよ」
机に肘をついて指を交差させながら、レイミアは考え込むように目を細めた。
「何か、嫌な予感がするね」
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