嗤う影(ダンジョン)

第220話 冒険者再開

 おじさんが予定通りソリーへ戻りたいというので、俺はシオンを連れて王城の中庭まで来ていた。


 本来であればソリーから王都まで半月近くかかるらしいのだが、精霊魔法の無足歩行アプスウィープを使うことで移動は一瞬になる。

 現在はドラゴンのステータスも失われたため長距離間の無足歩行は無理じゃないかと思ったが、いざ発動してみれば問題なくソリーと繋がった。

 そういえばベリルとの戦闘でも黒夢騎士が使用できたし、精霊魔法は魔力効率がいいのかもしれない。といっても、確認してみれば300超消費しているので無足歩行は片道切符状態である。


「お嬢ちゃんも残るう?」


 おじさんが素っ頓狂な声を上げた。

 シオンが頷く。


「あたしは立派な商人になるために学院に来たのよ。

 こんなことで帰るわけにはいかないの」


 これはおじさんにではなく、俺に言っているのだろう。先日の件への回答だ。

 本人が明確な目的を持って残るというなら、俺から言うことは何も無い。


「おじさん、早くしてくれないと閉じられるぞ」

「ああ、わかったよ……ったく」


 一応、この魔法はリーが使っていることになっている。どうやって連絡したとかは機密事項ということで誤魔化した。

 不満そうな顔をしながらおじさんが荷物を持つ。


「おいぼっち」

「まだなんかあるのか」

「嬢ちゃんのことだ」


 おじさんの言う嬢ちゃんが何人いると思ってるんだ。


「自分の奴隷だからって自由にしていいわけじゃねえ。わかってるんだろうな」


 嬢ちゃんって、のことか。


「ああ」

「大丈夫よ。あたしが見てるもの」


 シオンが自分の胸をポンと叩く。


「奴隷商の前で奴隷を粗末に扱うなんてことさせないわ」

「奴隷を売る側が言うのか……」

「当たり前でしょ。あたしたち奴隷商は最高の奴隷を、最高の形でお届けするのが仕事よ。奴隷はあたしたちが生きていくために大切な存在なのよ。ぞんざいな扱いなんてしないし、そんなことする客なら塩をまくわ」


 そういうものなのだろうか。まあ、売った奴隷が粗相をすれば奴隷商のほうに傷がつくか。


「シオンちゃんがいれば安心だな!

 ぼっちもいい友達ができてよかったな!」

「じゃあぼっちって呼ぶのやめてくれよ」


 大きく口を開けて笑うおじさんに、俺は苦笑いを返した。


「ま、お前がぼっちをやめたら、な」


 そう言い残して、おじさんは無足歩行の中へ消えていく。


「ツムギ」


 ようやく面倒な人がいなくなったと一息つきながら帰ろうとすると、シオンに呼び止められた。


「さっきの言葉、本気だからね」

「……どれだ?」

「全部よ」


 そう言ってシオンが俺の前を歩いていく。


「当分は、あの子をどうするの?」

「学院を通わせる。俺も一応籍を置いておくことになる。

 ただ、俺はギルドで依頼を受けるけどな」

「そう。じゃあ学院での面倒はあたしが見るわ」

「……いいのか?」


 意外な提案に思わず眉を顰めてしまう。

 正直、いまのシオンが何を考えてるのかわからない。


「いまのままじゃ……オウカちゃんも、あの子も可哀想よ」


 小さく呟いて、シオンは先に行ってしまう。

 まあ、見てくれるというのだから、任せてしまおう。

 実際、あれを一人にしとくのもどうかとは思っていた。

 ただ、俺はあまり近くにいたくない。ただの我儘だ。


「……俺もギルドに行くか」


 今日から冒険者再開だ。

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