第217話 慰み者にして

「……お前は何をしている」

「見ての通りです。見た目は貧相な身体ですが、必ずご満足させてみせます」


 問いかけると、当然のように答える少女。


「だから、なんでそんなことをしていると聞いているんだ」


 俺は怒りのこもったため息を吐きながら少女に近づき、アイテムボックスから外套を取り出す。どうやらオウカの服はアイテムボックスにしまい込んでいるらしい。


「言ってなかったか?

 お前は性奴隷じゃない。軽犯罪で奴隷落ちしただけだ。

 だからいつかは解放する」


 言いながら彼女の身体に外套をかけようとすると、腕を掴まれ阻まれた。


「分かっております。

 ですが、普通の奴隷がご主人様と恋に落ち、その身を捧げる。そんな話も、よくあることではないでしょうか?」


 胸元に触れられ、後ろへと押される。

 抵抗できず身体が後退し、脚がベッドに引っかかって倒れた。

 ベッドで仰向けになった俺の上に裸の少女が跨る。


 彼女の顔が近づいてきて、耳元に唇が添えられる。


「ご主人様、私奴わたくしめを慰み者にしていいんですよ。

 ご主人様が想ってくださる、本来の私のことを考えて、その感情をぶつけてください。

 すべて、すべて受け止めますから」


 言葉、吐息、熱。それらが耳から脳内に浸透し、神経を揺らす。

 なんだ。何かおかしい。

 身体が言うことを聞かず、意識が朦朧としてくる。

 耳にぬめりとした感触が伝わる。

 小さな息の音、そして耳の形をなぞる様に舌が這っていく。


「ご主人様は初めてですか? 

 私は記憶がありませんが、傷もありませんので、同じく初めてだと思います。

 だからと言って気になさらず、ありのままをぶつけてください」


 彼女の手が俺の顔に触れ、流れるように頬へ、キズナリストのある場所へと進んでいく。


 そうか、この異常事態。自分が動けないのは理由がある。

 アビリティ――異界の眼



◆‐ ♀

 種族 :妖狐

 ジョブ:奴隷

 レベル:35


 アビリティ:夜目・燐火・言惑

 スキル:中級回復魔法・初級土魔法



 やはり、アビリティ!

 いつの間にこんなもの。記憶をなくした後か?

 ふざけるなよ。


 オウカはそんなことしなかった。

 オウカは卑しい言動はしなかった。

 オウカはいつも元気な表情を見せて、

 いつも明るく、子犬みたいについてきて、

 でも寂しい時はちゃんと寂しいと言える。

 子供らしく、健気な、普通の女の子だった。


 目の前の妖狐は。

 その瞳が微かに青く見えた気がして。

 

「お前は! オウカを!」


 沸き上がってきた怒りが脳に血を巡らす。

 意識がはっきりとして、神経の通った拳に力を込めた。

 

 そして、


「穢すなあああああああ!!」


 目の前の奴隷を殴り飛ばした。

 少女の身体が宙を舞い、窓際にぶつかって床に落ちる。

 

 拳が痛い。

 どれくらいの力を込めたか分からない。

 たぶん、全力だ。


「お前はただ下品だ!

 お前はただ醜い!

 お前は偽物だ!

 その顔でオウカのように笑うな!

 その声でオウカのように喋るな!

 お前はただの妖狐族で奴隷だ!


 お前はオウカじゃない!」

 

 溜まっていた何かを吐き出すように、矢継ぎ早に言葉をぶちまける。

 言い終えた時には、自身の息は荒くなっていた。


 殴り飛ばした少女はピクリとも動かず、その場に伏せている。

 死んではいない。この程度では死なないだろう。


 目の前にいる少女が。

 その顔が、声が、表情が、仕草が、視線が、熱が。

 微かにオウカを思わせてくることに苛立ちを覚える。


 絆喰らいで心が死につつあると思っていた。

 僅かに残ったのは、オウカへの想いと。

 オウカ以外への怒りだろうか。


 手に握っていた外套を少女に投げ飛ばして部屋を出た。

 同時に、自分の意志が固まった。

 

 俺はオウカを取り戻す。

 その為に、使えるものはすべて使おう。


***


 少女の主が出て行ってどれくらい経っただろうか。

 殴られた少女は、ゆっくりと半身を起こして腫れた頬に触れる。

 口の中は血で溢れ、歯が何本か砕けていると悟った。

 すぐに回復魔法を発動すると、そのすべてが元に戻る。


「……」


 無言のまま少女は立ち上がると、落ちていた外套を纏って顔を埋める。


「あの方の匂い……」


 二度三度と、深呼吸するように外套の臭いを吸いこむ。


「それでも私は、あなた様の傍にいられるように」


 小さい声で呟き、星空を見上げる。

 

 肩まで伸びた黒い髪。

 その頭には三角の大きな狐耳が二つ。

 透き通るような白い肌。

 尾てい骨からは、先だけが白くなった黒の尻尾が生えており。

 月に照らされた瞳は、葡萄色であった。


 その瞳を細める。涙はない。

 口元は、僅かに――


 第三章 了

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